深刻化する孤立出産 一部の病院が進める「内密出産」は実現するのか
医療者の立ち会いなしに、一人で産む孤立出産。その果てに乳児を遺棄するような事件が続いている。それを防ぐ措置として、妊婦が氏名を明かさずに病院で出産できる「内密出産」がある。これに前向きなのが「こうのとりのゆりかご」で知られる熊本市の慈恵病院だ。だが、市と対立しており、実現には至っていない。ハードルは何なのか、孤立出産の背景には何があるのか。現地を取材した。(取材・文:ノンフィクションライター・三宅玲子/撮影:宮井正樹)
孤立出産からの赤ちゃん遺棄
就職活動で上京した際に羽田空港のトイレで赤ちゃんを産み、東京・港区の公園に遺棄した疑いで、今年11月、23歳の女性が逮捕された。 医療者の介助を受けず、一人で出産することを「孤立出産」と呼ぶ。厚生労働省の調査によると、2017年度の子ども虐待による死亡事例58例のうち、実母が遺棄した事例は19例。そのうち16例は、予期せぬ妊娠ののちの孤立出産だった。
孤立出産の多くは望んでいない妊娠のため、赤ちゃんの殺害や遺棄につながっている可能性がある。それらを防ごうと、2007年に始まった取り組みがある。熊本市の民間病院・慈恵病院が開設した「こうのとりのゆりかご」(以下ゆりかご)だ。親が育てられない赤ちゃんを匿名で預け入れることができる。「赤ちゃんポスト」としても知られる。 同病院には2020年3月までの13年間で155人の赤ちゃんが預け入れられてきた。このうち、2019年に預け入れられたのは11人、その10人が孤立出産だった。
孤立出産は医療者の介助がないため危険をともなう。対策として行政から提言されたのが「内密出産」という仕組みだ。
氏名を明かさない「内密出産」
通常、妊娠が判明すると、妊婦は母子保健法に基づき、役所に妊娠の届けを出し、母子健康手帳を受け取る。出産後は保護者が役所に出生届を提出し、産後健診や予防接種などで母子の健康状態を保健所が把握する。 一方、内密出産は、そうした手続きをとらない。母親は病院で氏名を明かさずに出産し、病院は親の名前を空欄にして出生届を役所に提出する。先行するドイツの制度を例にとれば、母親の氏名は前もって決められた特定の機関のみが把握。子どもは原則として16歳になれば母親の氏名を知ることができる、というものだ。 この仕組みの検討を提言したのは、慈恵病院のゆりかごを管轄する熊本市だった。 熊本市はゆりかごの孤立出産の問題を深刻に受け止め、2015年1月にはその危険性を指摘。2017年9月には、「こうのとりのゆりかご専門部会」という市の第三者部会が、国に向けてこう述べている。