古い世代が「落ちてゆく」のは、若い生命力に「あらがえない」からなのか…最新科学と「700年前の古典」をつなぐ「驚愕の現象」
兼好が観察したのはカシワだった?
そこで、思い至るのはカシワの例です。カシワは落葉樹で、葉は秋には枯れますが、落葉することなく枝についたまま冬を越し、春に若芽が芽吹く頃に落ちます。他のブナ科の木本でもしばしば見られる現象です。 一般に、落葉樹の葉は秋に葉の基部に離層を形成し、この部分の細胞が崩壊することによって葉が茎から切り離されます。カシワではこの離層が形成されない、あるいは、形成が不十分なために落葉が起こらないのです。 春になれば落葉しますが、それは大きく成長をはじめた新しい芽に押し出されるためだといわれています。この現象は「下から芽ぐむ力に耐えきれずに落葉する」という表現と矛盾しません。 「木の葉のおつるも……」の一文は、「春はやがて夏の気をもよほし、夏より既に秋はかよひ、秋は則ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅もつぼみぬ」と春、夏、秋、小春と季節の移りを述べた後に続くので、ここでは秋の落葉ではなく、春の落葉かもしれません。そうであるならば、兼好はカシワの春の落葉の様を正しく観察したと考えられます。 とはいうものの、強引な話の展開です。やはり、最初に述べたように、これは兼好が実際に見たことではなく、頭で考えた例えだとするのが無難ではないでしょうか。兼好はこんなことを書いているが、カシワという木では似たような現象がある、と文学と植物学に共通する題材で話すだけでも楽しいと思います。 『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』 知っているようで実は知らないことだらけ。 植物にまつわる60のナゾに、専門家集団が最新の研究成果をもとに徹底回答! ダイコンの辛さが場所によって違うのはなぜか?吉田兼好の『徒然草』に出てくる落葉の描写は正しいのか?大気中の二酸化炭素濃度の上昇は、植物にどんな影響を及ぼすのか? 本書では小学生から大学院生、趣味で植物を育てるひとから植物に関わる職業のひとまで、幅広い人からこれまでに日本植物生理学会のWEBサイトに寄せられた3000を超える質問とその回答の中から60問を厳選。 植物に興味がある大人の方はもちろん、小中学生の自由研究のテーマ探しにもピッタリです。 ※本書には2007年刊行の『これでナットク! 植物の謎』および2013年刊行の『これでナットク! 植物の謎 Part2』の内容も一部抜粋、改訂のうえ盛り込みました。
日本植物生理学会