“一般家庭”から「超エリート進学校」に進んだ女性が感じた格差の正体「イジメられすらしない」
成績優秀も、イジメの対象に…
幼いわかなさんにとって、家族が瓦解していくのは辛かっただろう。だが一方で、逃げ場となるはずの学校も居心地の良いものではなかった。 「就学前は特に母とずっと一緒にいましたので、言語障害のある彼女のイントネーションが移ってしまい、同級生たちのからかいの対象になりました。おまけに私は鈍臭くて運動神経が悪く、運動会などでしばしば足を引っ張ってしまうくせに、学校のペーパーテストの成績だけは常にトップでしたから、イジメはどんどんエスカレートしていきました。机をわざと離す、バイキン扱いをされる、私物を捨てられたり隠されたりする、掃除当番を全部ひとりでやらされる――集団リンチを受けたこともありましたね」
「超エリート進学校」を目指した理由は…
このあたりから地元の公立小学校に見切りをつけ、わかなさんは中学受験を志す。 「小学生なのにどこか俯瞰的に見ていて、『集団というのは、誰かを排斥の対象にしないといけないから、イジメられているのは仕方ないや』と思っていました。同時に、地元とは別の中学校へ通いたいと考えたんです。小学校4年生のとき、父親に土下座をして『クラスが1回でも落ちたら即退塾で構わないので中学受験に挑戦させてください』と申し出ました。結果的に約束を反故にせず、志望校にも合格することができました」 誰もが憧れる超エリート進学校への切符を手に入れたわかなさんだが、そこに求めたのは意外なものだった。 「ただ純粋に、友達がほしかったんです。将来的に得られるであろういい大学も給料のいい企業も、興味がありませんでした。公立小学校で散々イジメの標的にされ、結局誰とも仲良くなれずに卒業した私には、『環境を変えることによって友達ができるのではないか』という期待があったんです」
「母がスーパーで働いていること」を驚かれた
だが一縷の望みは、思いもよらない方向への絶望感に直結していた。 「進学先には、さまざまな有名文化人の子どもがいました。その子たちが、学力はもちろん、そもそもの家庭環境において段違いに恵まれているのを目の当たりにしました。『この前、◯◯さんのお父さんがテレビでコメントしてたね』程度のことは、大きく取り扱うほどではない、ただの日常会話です。 たとえば私の母は脳に障害を負いながらも、スーパーで軽作業をしていましたが、緊急連絡先に母の勤め先を記入したところ、同級生が目を丸くして『お母さん、スーパー……で働いているの?』と聞いてきたのが印象的です。簡単に言うと、住む世界が違うんですよね。 正直、これまで公立小学校でどんなに馬鹿にされてきても、『自分がもっとも勉強ができる』という揺るがないアイデンティティがありました。でも入学した学校では決して学力でトップには立てないんですよ。拠り所を失って、気持ちが沈んでしまいました」