「肥満」と「糖尿病」を「悪化」させる「腸内細菌」の正体…「トランス脂肪酸」の危険性
高脂肪食が腸に与える影響
この結果から、FI菌が高脂肪食中に含まれる脂質を代謝して産生する腸内代謝物が、肥満の症状を悪化させる可能性が考えられました。そこで大腸菌のみを定着させたマウスと大腸菌とFI菌を定着させたマウスの糞便中に含まれる腸内代謝物を解析したところ、高脂肪食を与えたときのみ、大腸菌とFI菌を定着させたマウスでトランス脂肪酸のエライジン酸が増加していました。つまり、FI菌は、高脂肪食中に存在する脂質を代謝してエライジン酸を作り出すことがわかったのです。 次に、大腸菌とFI菌を腸に定着させたマウスの血中に含まれる脂肪酸を解析したところ、血中のエライジン酸の濃度は増加していませんでした。つまり、エライジン酸が体内に取り込まれることで、肥満の症状を悪化させていたわけではなかったのです。 そこで、エライジン酸は、体内に取り込まれずに腸管に何らかの影響を与えている可能性が考えられました。 大腸菌とFI菌を定着させたマウスに蛍光標識された多糖類(デキストラン)を経口投与し、その血中濃度を測定することで、どれだけ腸管から吸収されたかが調べられました。その結果、大腸菌のみを定着させたマウスと比較して、大腸菌に加えてF1菌を定着させたマウスでは、腸管バリア機能が低下していました。つまりリーキーガットの状態になっていたのです。 おさらいになりますが、腸管には、炎症反応を引き起こす物質や細菌などが血中に入り込まないためのしくみ「腸管バリア機能」が備わっています。このバリア機能が低下すると、腸から本来透過することはない未消化物や老廃物、微生物成分が生体内に漏れ出すようになります。このような状態をリーキーガットといい、これらの物質が血中に混入して炎症を引き起こすことをリーキーガット症候群と呼ぶのでした。
トランス脂肪酸に注意
そこで、エライジン酸を肥満マウスに経口投与したところ、腸管バリア機能が低下しただけでなく、肥満や糖尿病の症状が悪化しました。これらの結果から、FI菌が産生するエライジン酸は、腸管バリア機能を変調させ、肥満や糖尿病を悪化させることが明らかになりました(※参考文献7-20)。 なお、このエライジン酸は、マーガリンやショートニングといった食品にも含まれています。エライジン酸のようなトランス脂肪酸の摂取量が多いと心血管系の疾患リスクを高めることがわかっています。そこで世界保健機関(WHO)では、トランス脂肪酸の摂取量を1日の摂取エネルギーの1%未満にすべきと勧告しています。日本人の大多数は、1%を大きく下回っていますが、脂質の多い食事をしている場合には、注意が必要です。 以上の研究結果から、腸内マイクロバイオータは、さまざまな腸内代謝物を産生しますが、その中には健康を害する、つまり肥満や炎症などを引き起こす脂肪酸を産生している場合があることが明らかになりました(図7─3)。 バランスの取れた食事は、腸内マイクロバイオータの組成の乱れ(ディスバイオシス)を防ぐだけでなく、エライジン酸のような健康を害する脂肪酸の産生やその産生細菌の増殖を防ぐことにもつながると考えられます。どのような食事内容(食事に含まれる成分)がどういった疾患の予防に効果があるのか、今後の研究が待たれます。 ※参考文献 7-18 Ascherio A et al., New England Journal of Medicine 340, 1994-1998, 1999. 7-19 Kameyama K, Itoh K, Microbes and Environments 29, 427-430, 2014. 7-20 Takeuchi T et al., Cell Metabolism 35, 361-375, 2023. * * * 初回<なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる腹痛の正体>を読む
坪井 貴司(東京大学大学院総合文化研究科教授)