富士山噴火で「泥流」が発生したら…まさかの水深20センチで「水死」、そのとき避難猶予は「たったの1時間」
「もし襲われたら」特徴から考える泥流対策
泥流はいずれのタイプも速度が速く、時速数十キロメートルにもなるため、発生してから逃げはじめたのでは間に合わない。このため、泥流発生の可能性が生じたらすぐに避難を開始しなければならない。発生源から10キロメートル以上離れた市街地にも、泥流が1時間以内で到達する可能性が指摘されている。 泥流の水深はさまざまであるが、深い場合には人や車が流されてしまうおそれが強い。たとえば、流速が毎秒1メートル以上で、水深が20センチメートルを超す場合には水死すると考えるべきである。 もし泥流が下流の市街地に流れ込んできた場合には、鉄筋造りなどの頑丈な建物の2階以上に避難してほしい。 泥流自体は最初は谷沿いを流れるが、水かさを増した場合は谷からよくあふれる。したがって、谷から離れれば安全というわけではない。富士山には八百八沢あるといわれているが、谷地形は不規則で氾濫しやすく、また河川が流路をしばしば変えるため、思わぬところで泥流があふれ出すことも多いのである。 融雪型泥流の場合は、山頂からの火砕流だけでなく、溶岩流や水蒸気爆発によって雪が融けても発生する可能性がある。しかし、それらが被害を及ぼす範囲は、火砕流を発生源とする被害範囲よりも小さいと考えられるため、「融雪型泥流の可能性マップ」の範囲内で十分と想定されている。
降灰などによる泥流の対応策
一方で、降灰などによる泥流の場合は、火山灰が大量に降りはじめた時点で、泥流の発生を予想して事前に避難しなければならない。 泥流によって引き起こされる災害は、大雨などによる洪水とかなり異なる。最大の違いは、噴火によって生じる泥流では、火山灰に加えて岩石が大量に含まれるため、破壊力がより大きい点である。 また、泥流は噴火からしばらくたったあとの平常時でも発生することを覚えておいていただきたい。地上に堆積した軟らかい火山灰を豪雨が流したり、火山灰の積もった急な崖が地震で揺さぶられたりしたときに、地滑りとともに発生することもある。このような場合には、噴火と関係なく起きる土砂災害と同じ対処が必要となる。 雨のないときにはほとんど水が流れていない川であっても、降雨とともに泥流が発生することがある。全国的に「水無川」という地名がついている川には、このようなところがある。 たとえば、雲仙普賢岳の東麓にある水無川では、1991年の火砕流の発生後に泥流が頻繁に起こり、長期にわたる災害をもたらした。 このように大変に厄介な泥流であるが、一方で泥流は火山麓で何千回となく氾濫して土砂を運ぶことで扇状地を形成し、人間に多くの恵みを与えてくれてもいる。泥流のおかげで、農業に適した平坦で肥沃な土地が生まれたともいえるのである。 自然災害にはそうしたプラスの面もあることに気づかせてくれるのも、泥流のひとつの特徴といえるかもしれない。 ◇ 前半冒頭の写真でご紹介したネバド・デル・ルイス火山噴火とアルメロの街で起こった悲劇については、当時、世界中の人々を驚かせ、そして深い悲しみをもたらしました。 悲劇を教訓として活かし、同じような悲劇を生まないためにも、日頃から「泥流」に対する警戒や知見を持っていることが、大切です。『富士山噴火と南海トラフ』では、泥流そのものに対する基本的な解説や、世界で起こったその他の例についても詳述されています。ぜひ、お手に取ってお読みください。 さて、春の日差しから少しづつ初夏の日差しが感じられるようになってきました。例年富士山の山開きは、7月1日となっています。すでに富士山へ登ろうと計画されている方や、観光で山麓を訪れる計画を立てていらっしゃる方も多いのではないでしょうか? しかし、もし訪れた、そのときに噴火が起こったら!? 火山災害でも代表的なものといえる「噴石」の被害について、取り上げてみたいと思います。 富士山噴火と南海トラフ――海が揺さぶる陸のマグマ
鎌田 浩毅(京都大学名誉教授)