【7分で理解できる米大統領選】ヒラリーが負け、トランプが負け、そしてバイデンも敗れた
ヒラリーの意外な敗北
トランプは強い指導者(ストロングマン)として、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領には共感を示していた。ロシアがヒラリー攻撃の秘密工作を行い、トランプ陣営もそれに加担していたとするロシアゲート事件すら、のちに浮上する。しかも、この事件の捜査を進めようとしたFBI長官を、トランプ大統領は解任している。 ワシントンのピザ屋の地下室で、ヒラリーとその側近が児童虐待を手がけている──まったく荒唐無稽なピザゲート事件さえ、インターネット上で大きな話題になった。やがては、「悪魔の崇拝者などが政府を支配しようとしている」という陰謀論も広がっていく。Qアノンである。 ヒラリーはトランプ支持者を「嘆かわしい人々」と軽蔑し、マイノリティの人権を訴えた。そして、8年前にバラク・オバマと予備選を戦った時と同様に、彼女は自らの経験を強調して見せた。 多くの人々が、ヒラリーの勝利を予想した(筆者を含む)。確かに、一般得票ではヒラリーがトランプを287万票も上回った。ところが、トランプはペンシルヴァニア州で4万4000票、ウィスコンシン州で2万7000票、ミシガン州で1万票という僅差で勝利を獲得した。いずれも、製造業が衰退し人口が減少するラストベルト(錆びついた地帯)で、かつては民主党の牙城であった。ラストベルトの多くのカウンティで、これまで共和党が容易に超えられなかった得票率38%の壁を、彼は突破したのである。 結果として、大統領選挙人では304対227でトランプの勝利となった。ジョージ・W・ブッシュ・ジュニアに次ぎ21世紀で2人目、史上5人目の「マイノリティ大統領」の誕生である。しかも、トランプには軍歴もなければ、いかなる公職の経験もなかった。ヒラリーの経験と実績を、MAGAの赤い帽子が破ったのである。
ホワイトハウスが発信する「もう一つの事実」
同時に実施された連邦議会選挙でも、共和党が上下両院で多数を維持したため、12年ぶりに「トリプル・レッド」が成立した。ただし、民主党は下院で6議席、上院でも6議席増えたので、大統領当選の波及効果ではなかった。また、ニュート・ギングリッチ元下院議長らを例外として、共和党主流派は当初トランプと距離を置いており、新政権と連邦議会が良好な関係を築くことは容易ではなかった。実際、この連邦議会の下で、予算案の対立から、トランプ政権は1カ月以上も政府機関の一部閉鎖に追い込まれる。また、共和党系の外交専門家の多くも、トランプに反対の姿勢を示していた。 16年前(2000年)にアル・ゴアがブッシュ・ジュニアの大統領就任式に出席した折の心境に思いを馳せながら、ヒラリーは元ファーストレディとして夫と共に、トランプの大統領就任式に赴いた。ヒラリーは回顧している。「深呼吸。胸いっぱいに空気を吸いこむ。こうするのが、正しいことだ。どんなに辛くても、この国で民主主義がまだ通用することを見せておく必要がある。息を吐く。悲鳴を上げるのはあとにしよう」 「私たちは一緒にアメリカを再び偉大にする」――就任式でトランプ新大統領が豪語する一方、全米、否、全世界で抗議デモが起こり、60人もの連邦議会議員が就任式への出席を拒む中で、70歳と史上最高齢の大統領は単純で鮮烈な惹句を繰り返した。また、この大統領就任式に参集した人数は「過去最高」と、ホワイトハウスは実際とは異なる「もう一つの事実」を披瀝した。