アイデアの源泉はYouTubeとサラリーマン生活から──「文学界の東大王」が仕掛ける、伏線と謎解きの「おもてなし」
結城真一郎が考える、伏線の定義
「これは、試されてますね。……ちょっと考えるので、ほかの話進めてもらっていいですか」 そう言いつつも、「伏線」への回答が気になって仕方がなさそうな結城。一つのミステリーに取り掛かると、それが結実するまで、別の物語を考えることができないタイプだという。 ならば、なぜこんなに自身の作品が売れると思うか、という質問を挟んでみた。 「最新作でいえば、プロモーションの奏功でしょうか(笑)。カバーもそうですし、自分なりに考えてきたSNS戦略とか、すべての歯車が噛み合ったのかな、と思います。ふだんミステリーを読まない人にも届けられるようなフェーズに移ろうとしていたところもあるんですけど、それがちょうどこの作品と重なり、いろんな思いと合致して、たくさんの人に刺さったのかなと…それも伏線回収みたいなものですけど。あっ、伏線。自分にとっての、伏線とは。う~ん、やっぱり伏線のことを考えてしまう……」 その後も別の話をしながらも、「結城真一郎、伏線の定義」についてあれこれ考えていたが、この日、結城は納得できる答えを見つけることができなかった。 「この宿題には、今週中に、必ずなんらかの答えを出します」とサラリーマンらしい約束を残して、インタビューを終えた。
後日、きっちりと本人が定めた期日内に届いた回答は、以下の通り。 「『伏線』とは、パズルが完成する爽快感、それによって生じる物語の奥行と感動を読者に与えるための『おもてなし精神』のようなものであると考えています。お客様(=読者)には滞在中(=読書中)気付かれない・意識されないほうが望ましく、理想は『そんなところにまで行き届いていたのか』と後になって感動してもらえるもの。『伏線(回収)』だけで作品が完成するわけではないが、ないよりは絶対にあったほうがいいもの」 読者はゲスト、伏線はおもてなし。 読者は、この作家からどんなサービスが受けられるのだろうと期待は高まるばかり。それこそ、結城の術中なのだと知りつつも、彼が織りなすミステリーの世界にどっぷりはまることは、たまらなく愉快なのだ。 結城真一郎(ゆうき・しんいちろう) 作家。1991年、神奈川県生まれ。開成中学・高校を経て東京大学法学部卒業。2018年、『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し、2019年にデビュー。2021年、「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会短編部門を受賞。同年、3冊目の長編作品『救国ゲーム』を刊行、第22回本格ミステリ大賞の候補作に選出される。最新作は6月に上梓した短編集『#真相をお話しします』(新潮社)。