アメリカ大統領選、衆院選、兵庫県知事選…なぜSNSが選挙で猛威を振るっているのか 「ネット上のデマに気をつけましょう」と呼びかけても何も変わらない現実
井戸端会議が世界中に拡散
評論家の呉智英氏も1981年に上梓した著書『封建主義、その論理と情熱―― : さらば、さらば民主主義よ!』(情報センター出版局)の書名が示すように、デビュー以来、常に大衆主義と民主主義を批判してきた。週刊新潮2016年7月21日号には特別読物「『ポピュリズム』すなわち愚民主主義について」を寄稿。同じタイトルでデイリー新潮にも転載されており、全文を読むことができる(註2)。 ちなみに呉氏は、この特別読物の中でポピュリズムという政治用語の原点は、1930年代の文学潮流であることを明らかにしている。そしてポピュリズムを自ら「愚民民主主義」と翻訳した。 SNSが猛威を振るう現代社会をどう受け止めるべきなのか、呉氏に話を聞いた。 「私はインターネットを使っていません。ただ、オンライン書店などネット上に私の著書に対する感想が投稿され、その内容を出版社が送ってくれることもあります。そうした経験から考えますと、改めて驚かされるのは影響力の大きさです。SNSの投稿内容は、要するに井戸端会議レベルです。本来なら内輪の人間で完結すべきものでしょう。江戸時代は瓦版が人気で、事件を報じた記事などには相当な誤報が含まれていたことが明らかになっています。とはいえ、瓦版に間違いがあったとしても、その伝播力は限定的でした。ところがSNSは悪質なデマを世界中に拡散させることができます」
常に政治に影響を与えてきたメディア
ここで比較したいのが新聞や雑誌の投稿欄だ。“大衆”の書いた文章が活字となって出版される点はSNSと似ているが、その違いは大きい。 「新聞や雑誌の投稿欄は、編集段階で問題の多い投稿はボツになります。一方のSNSは垂れ流しの状態です。削除や訂正を求めることは可能なのでしょうが、どうしても時間がかかります。問題のある投稿がネット上から消えるまでの間、拡散が続いてしまいます。また『問題のある投稿だと判断する根拠』も難問です。明らかな悪口雑言はともかく、誹謗中傷と見なせるのか判断の難しい投稿もあります。ルールを作っても、すぐに間隙を突く投稿が行われるでしょう。ルールの改善を積み重ねても、結局はいたちごっこに終わる可能性は高いと考えられます」(同・呉氏) 呉氏はSNSの問題を矮小化しないことが最も大切だと訴える。「19世紀から続くマスメディアの急速な発達という長期的な視点を踏まえて、インターネットやSNSの問題点を見るべきです」と指摘する。 「マスメディアの発達は、常に政治に大きな影響を与えてきました。そもそも近代以前なら、どれほど多くの人々が集まっても“大衆”ではありませんでした。19世紀の産業革命で近代社会が成立し、人間のひとりひとりが労働力として数えられるようになったことで“個人”と“大衆”が誕生したのです。大衆に情報を伝える手段としてマスメディアが生まれ、新聞やラジオが世論や政治を動かし、時には戦争の原因にさえなりました。ナチスが最先端のメディアだった映画を重視し、映画監督のレニ・リーフェンシュタールを重用して党勢の拡大に成功したことはよく知られています。19世紀から続くメディアの爆発的な発展が現在も続いており、その一つがSNSだという視点は極めて重要でしょう」(同・呉氏)