フラッシュバックの「きっかけ」には慣れなくてもいい。トラウマ治療のポイントとは?専門家に聞く
「トラウマ」や「フラッシュバック」と聞くと、壮絶な体験を思い浮かべがちです。『今すぐできる心の守りかた フラッシュバック・ケア』(KADOKAWA)の著者で、米国トラウマ専門心理療法士の服部信子さんは、死に直面するような出来事でなくとも、小さなトラウマ的な出来事でも、フラッシュバックは起き得るとおっしゃいます。インタビュー後編では、フラッシュバックの対処法を中心にお話を伺いました。 <写真>フラッシュバックの「きっかけ」には慣れなくてもいい。トラウマ治療のポイントとは?専門家に聞く ■フラッシュバックの対処法 ――フラッシュバックの対処法について教えていただけますか。 大事なのは今に意識を向けることと、リラックスすることです。フラッシュバックとは意識が過去の出来事に向いていて、過去の記憶が鮮明に思い出され、あたかも今起きているように感じます。 過去に自分が何らかの危険な状況に置かれたときの記憶が呼び起され、その危険に対して身体の反応が起きたり、びっくりしたり、動揺したりしています。実際には現在、自分の目の前で起きているわけではなく、ほとんど危険がなく、脳内の過去の記憶が取り出されている状況です。なので、今実際に目の前で起きていることに意識を向けることで、今に意識を戻すことがとても重要になるのです。 今に意識を向けることで、安全に気づくことができ、脳は「こんなに怖がらなくていいんだ」と理解できます。そうして身体も気持ちも落ち着いていくのです。 ――日常的なことですと、どんな例がありますか? 昨日、上司でも親子でも友人でも、誰かにショックなことを言われたとします。その場が過ぎてもそのことを考えて落ち込んだり、イライラしたりして、ショックな言葉を何度も思い出してしまうことってありますよね。そのことを思い出して、気分の変化という反応は起きているものの、ショックを受けた会話自体は終わっています。思い出すことで身体と心が反応しているのです。 なので、ショックなことを言われたという出来事が、今この瞬間に起きていないことを自分の周りを見て確認することで、記憶の内側に向いていた意識を今に向けられます。今は目の前に嫌なことを言った相手はいないですし、それどころか自分を大切に思ってくれる人がいたり、おいしいコーヒーがあったり、少なくとも危険や不快ではない状況のはずです。それに気づくと、私たちの体は「大丈夫なんだ」と認識して、警戒状態を解除していくことができるのです。 ――毎日顔を合わせるような相手ですと、今は安全でも「明日また何か言われたら嫌だな」と未来の出来事に不安になることがあります。 嫌なことを言ってくる相手と毎日顔を合わせる状況はとてもつらいですよね。ただ、私たちの意識は過去・現在・未来を自由に行き来できるのです。 今、この瞬間は大丈夫であるものの、「もしかしたらこうなるかもしれない」と、まだ起きていない未来に対して、心と体が反応すると、あたかもその人が目の前にいるように感じることがあります。 その場合の2つのポイントがあります。一つはまだ起きていないと確認すること。たとえば家にいたり、上司が出張でオフィスにいないなど、目の前にいないときに、「今はまだ安全だ」と今の事実を認識するようにします。そうすると体は少し安心できます。安心できると眠れるようになって、良い睡眠がとれるとストレスへの耐性が高まったりなど、良い循環が起きやすくなります。 二つ目は、相手がいる瞬間ですが、「これをしたらいい」と一つの解決法でなんとかなるわけではありません。大まかに言うと、「環境調整」と呼ばれることをします。具体的には、上司と会わなくていい職場に配慮をしてもらったり、上司の上司に相談したりなど。 ハラスメント加害者がフラッシュバックの原因となっている場合、加害者と距離をとれたり、元々転職を考えているのであれば、もちろんそうするのが望ましいです。ただ、現実には転職を考えていないときに被害に遭うこともありますよね。 そういった状況でも、起きていないことを認識し「今は怖がらなくても大丈夫」という事実に気づけるようになることは重要です。 ■トラウマ治療で大切な「選べる」ということ ――本書ではフラッシュバックの「きっかけ」に慣れるのはマストか、というお話が出てきます。きっかけを回避することで乗り切ってきて、時々「きっかけ」となる状況に直面すると、フラッシュバックが起きてしまう場合は慣れた方がいいのでしょうか。 回避することがその方の生活にどれだけ影響しているかによります。避けることで生活の幅が狭くなってしまって苦しいのか、避けてもさほど支障がないのか。あとは生活の質が下がってしまうのであれば、何かしら対処する方法があるとは思います。 大事なのは、「フラッシュバックのきっかけになれた方がいい・なれるべき」という話ではなく、困っている状況であれば、トラウマの心理治療をする方法があるということです。 本人が不自由を感じていなくて、今の生活に満足しているならば、無理に対処する必要はないと考えています。 ――「死に直面するような体験」ではない、本書では小トラウマと定義されているような、苦しい体験があったとき、「つらさに向き合わないと、改善しない・乗り越えられない」と考える人は少なくないと思います。誤った対処法なのでしょうか? 向き合う・乗り越えることがどういうことを示しているかにもよると思います。 たとえば、自分の大切な方を火事で亡くし、消防士になって人を救えるようになりたいと考える人がいます。そのような形で、大切な人を救えなかった気持ちを自分で受け入れられるようになる方もいれば、消防士になっても、全員を救えるわけではないため、逆につらい体験を何度も繰り返しているうちに、だんだんと感覚が麻痺してしまうということもあります。 なので、真正面から向き合っていけばいい、ということでもないのです。向き合った結果、過去に起きたトラウマを乗り越えられたと思うこともあれば、乗り越えられたように思えて乗り越えられていないこともあります。 向き合って、自分にとって自由度が広がる結果になるのであればいいですし、そうでない場合は、他の方法もたくさんあります。繰り返しになりますが、困っていないのであれば、わざわざ掘り返したり、無理して向き合う必要もないと考えます。 ――今まで、「つらい体験には向き合って乗り越えなければいけない」と思っていました。 トラウマ治療では選択肢がとても大切です。してもいいし、しなくてもいい。トラウマの原因に慣れる必要がなければ、必ずしも治すか治さないかの2択で考えなくていいのです。触れずに生活できているのであれば、それも選択肢の一つです。 生活環境の変化によって、触れることが出てきてしまいそうならば、そのときに対処法を考えるということも選択肢の一つです。 もちろん今すごく困っているわけでなくても、改善したいということであれば、トラウマ心理治療を受けるという、トラウマの影響を減らすという選択肢もあります。色々な選択肢がある中で、自分で選べることが重要です。 ■日本のトラウマ治療の課題 ――日本のトラウマ治療で課題に感じていることはありますか? 現時点では、トラウマに関する知識が十分に知れ渡っていないので、これからトラウマに関する知識が広まってほしいと思います。 トラウマを癒すには、必ずしもトラウマ治療の専門家が必要なわけではありません。もちろん、トラウマ治療の専門家からサポートを受けられる方が望ましいですが、臨床心理士や公認心理師の有資格者たちが、トラウマの被害を受けた方にできることはたくさんあるので、知識が広まってほしいと思います。 ――「トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)」について教えていただけますか。 TICとは、トラウマの影響など、トラウマに関する知識をきちんと理解したうえでの配慮のある関わり方のことを指します。本書でいうと、トラウマを抱えた方は、関連したことを少し読んだだけで、フラッシュバックを起こし、つらい気持ちになってしまうことがあるので、その方たちがつらくならないような書き方をするという形で、TICを実践しました。 身近なことでいいますと、トラウマを抱えた人に「どんなことがあったのか」と根掘り葉掘り聞いたり、「そんなの早く忘れちゃいなよ」と言ったり、「向き合って乗り越えるべきだ」と言ったり、「○○しないから/してるから、トラウマを抱えてつらいんだ」と言ったりすることを避けます。 トラウマを抱えた方たちに対する、知識や理解をもとにした関わり方が、一般の人からカウンセラーまで全ての方に広まると、社会全体として、トラウマを抱えた方が少しは生きやすく、そしてトラウマからの回復がしやすい社会になっていくと思います。 【プロフィール】 服部信子(はっとり・のぶこ) カルフォルニア州認定心理療法士/トラウマセラピスト/米国公認非営利団体日米ケアCEO/トラウマリソース研究所准上級講師 アメリカ留学を機にゴールドマンサックス・ジャパンを退職。臨床心理分野で博士号を取得し、カリフォルニア州認定心理療法士となる。東日本大震災をきっかけに、「わかりやすい、使いやすい心のケア」をモットーに活動を行う。被災者支援活動と支援者同士のつながりを目的とした非営利団体日米ケアをアメリカで共同設立。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ