湘南はいかにしてパワハラ騒動を乗り越えJ1残留を決めたのか?「チームは分解しかけていた」
唯一無二の目標を成就させ、精も根も尽き果てた瞬間に、背負い続けてきた重い十字架からも解放された。達成感。脱力感。そして、安堵感。さまざまな思いを脳裏に駆けめぐらせた湘南ベルマーレの選手たちが、ホームのShonan BMWスタジアム平塚のピッチに次々と倒れ込んだ。 14日に行われたJ1参入プレーオフ決定戦。J2の4位から勝ち上がってきた徳島ヴォルティスに先制される苦しい展開から、後半に入って流れるような連携から同点に追いつき、終了間際のヴォルティスの猛攻を耐えて1-1でタイムアップ。規定によりJ1残留を決めた直後の光景だった。 神奈川大学を中退して昨春に加入した、21歳のボランチ金子大毅は人目をはばかることなく号泣した。勝てば残留を決められた7日の松本山雅FCとの最終節。マークしていたFW阪野豊史に試合終了間際に悪夢の同点弾を決められ、プレーオフへ回る16位で終えた責任を一身に背負っていた。 「負けて泣くことはありましたけど、嬉しくて涙が出ることはいままでで一度もなかった。あんなにも涙が出てくるものなのか、と思ってしまいました」 ベルマーレのアカデミーダイレクター兼U-18監督から、10月10日に急きょトップチームの指揮官に就任した52歳の浮嶋敏監督は、ベンチ前のテクニカルエリアで突っ伏していた。 「クラブに大変なことが起こり、混乱もあり、グラウンドも使えない。いろいろなことを、選手たちはよく乗り越えてくれた。めちゃくちゃホッとしています。それ以外にはありません」 試合後のフラッシュインタビューで思わず目を潤ませた指揮官が言及した「大変なこと」とは、8月12日に一部スポーツ紙で報じられ、スポーツ界を揺るがす大騒動へと発展した、曹貴裁(チョウ・キジェ)前監督によるパワーハラスメント行為疑惑に他ならない。
曹前監督は同13日から活動を自粛。リーグ戦で2試合連続の逆転勝利を収めるなど、疑惑が報じられた時点で11位につけていたベルマーレも激震に見舞われる。白星から遠ざかり、残留争いに巻き込まれていったチーム内の実情を、5月に開催されたFIFA・U-20ワールドカップで若き日本代表のキャプテンを務めた、ボランチの齊藤未月は「分解しかけていた」と打ち明ける。 「選手たちもそうだし、スタッフもそうだし、それこそサポーターの方々も含めたみんなが宙ぶらりんという感じだったので。そこで自立してプレーできる選手がたくさんいればよかったですけど、そこまでの成長度合いとか実力が僕たちにはなかった」 練習の指導および試合の指揮を暫定的に高橋健二コーチが執ったベルマーレは、9月の声を聞くまでは踏ん張れた。そのころにはJリーグの依頼を受けた弁護士によるヒアリング調査の結果も出て、騒動にも終止符が打たれると誰もが考えていた。しかし、10月が近づいても特異な状況は変わらない。 張り詰めた状態で戦ってきた代償として、時間の経過とともに心が疲弊していく。加えて、日本サッカー協会が設置している「暴力等根絶相談窓口」に、曹前監督によるパワハラ被害を匿名で通報した人物がチーム内にいるのでは、という憶測が選手たちを疑心暗鬼にさせた。 サッカーに集中しようにもできない、チーム内の人間関係にまで暗い影を落としはじめた時期が、20歳の齊藤をして「分解しかけていた」と言わしめたのだろう。ベルマーレは9月29日の清水エスパルス戦で0-6、10月6日の川崎フロンターレ戦では0-5とホームで大敗を喫していた。