「ICC アニュアル 2024 とても近い遠さ」展(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])レポート
東京・西新宿のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で、「ICC アニュアル 2024 とても近い遠さ」展が始まった。会期は11月10日まで。 「ICC アニュアル」は、2006年度から2021年度まで同センターで開催された「オープン・スペース」展を、その役割やコンセプトを継承しながら、2022年度よりリニューアルした展覧会シリーズ。企画は畠中実(ICC主任学芸員)。 これまでの同シリーズは、パンデミック以降のオンライン社会を想定し、リアルとバーチャルが相互に関係する状況を反映するものだったが、今回のアニュアルは「パンデミックに関する規制が緩まっているなか、パンデミック以後の私たちの生活における集合的無意識を扱うものだ」と、畠中は本展の開幕にあたって語っている。 本展に参加したのは、青柳菜摘+細井美裕、木藤遼太、ウィニー・スーン、たかくらかずき、 ユーゴ・ドゥヴェルシェール、葉山嶺、古澤龍、米澤柊、リー・イーファン、 おおしまたくろう(エマージェンシーズ!046)、リー・ムユン(エマージェンシーズ!047)。畠中は、「必ずしもそれぞれの作品がパンデミックと関係があるということではない。現在の情報環境における様々なリアリティにおける『遠さ』と『近さ』、そしてその変化について考える作品を集めた」と強調している。 最初の展示室に出現したのは、古澤龍の映像作品《Mid Tide #3》(2024)。ディスプレイ3台に映し出される横長の海景の映像がゆっくり変化していく様子を表現したこの作品では、作品の時間経過と映像の空間的な変容のあいだの関係性を考えさせる。 葉山嶺は本展で3つの映像作品を展示。《The Focus》(2013)は、主に古い写真集を再撮影したイメージで構成される作品で、火山や山脈、遊牧民などを写したイメージと葉山自身によるテキストが織り交ぜられている。《聴こえない足音》は、地質学、民俗学、宇宙科学を扱う古い本に掲載された図版を再撮影した写真を素材としたもの。約1分間の映像作品《Reportage !》(2015)では、紙でできた現代の家屋が燃えていく様子を、「映画の父」と呼ばれるリュミエール兄弟の初期映画にならって手回しハンドルのカメラでとらえている。 ICCの特徴的な無響室を使って、木藤遼太はインスタレーション《M.81の骨格――82番目のポートレイト》(2024)を発表。2023年度東京藝術大学卒業・修了買上作品に選出された作品で、当時はコンクリートの壁に囲まれた空間での展示を前提につくられた《82番目のポートレイト》を無響室という空間のために再構成することで、その音の距離感に奇妙な変化が生まれている。 台湾出身のアーティスト、リー・イーファンによる2つの映像作品は、現代のCGによる映像制作技術について解説するレクチャーの体裁をとりながら、CGでつくられた映像内の時間と空間における現実との奇妙な異同などについて考察する。香港出身のウィニー・スーンの「Unerasable Characters(消せない文字)」シリーズ(2020-22)では、中国最大のソーシャルメディア・プラットフォームのひとつである微博(Weibo)で削除された投稿をもとにし、抑圧された声に焦点を当てながら、削除や検閲についての議論や省察を促そうとしている。 青柳菜摘と細井美裕は、本展で初めてコラボレーションを行い、インスタレーション《新地登記簿》(2024)を発表。東京湾の人工島(埋立地)で収録された映像と音声の素材をもとに、青柳の映像と詩、細井の音響を通じて、現在の東京から遥か遠くの過去や未来を想像する。 そのほか、米澤柊は展開してきたシリーズ「オバケの」の新作となる《「オバケの」第10話――アニメ物族室C》(2024)を発表。たかくらかずきの《ハイパー神社(蛇)》(2024)は、鑑賞者が実際に操作することのできるゲーム作品。鑑賞者は、祭りや神祇信仰で祀られるカミ側の視点で「蛇」を操作し,画面上のひらがなを紡いで川柳をつくることが求められる。完成した川柳は、同シリーズの《ハイパー神社(祭)》という2Dメタヴァースに参拝すると読むことのできる祝詞となるという。 また、新進アーティストを紹介するコーナー「エマージェンシーズ!」では、おおしまたくろうが自作の耳型マイク装置「擬似耳(ぎじじ)」を用いたマイキングの実験的な音楽作品シリーズ「耳奏耳(みみそうじ)シリーズ」(6月22日~8月25日)と、リー・ムユンの《まもなくポイント・ネモに墜落する私たち》(9月10日~11月10日)を2期にわけて展示する。 ICCの4階シアターでは、上述のリーの映像作品のほか、フランス出身のアーティストであるユーゴ・ドゥヴェルシェールの映像《コスモラマ》(2017)も上映されている。カナリア諸島のテネリフェ島で4K近赤外線カメラを使用して撮影された同作は、鑑賞者を外宇宙の惑星のような非現実的な光景の旅へと誘う。それぞれの個性豊かな作家の作品を通じ、パンデミック以後の私たちの意識の変化や様々なリアリティの「遠さ」と「近さ」について考えてみてはいかがだろうか。