川村元気「映画や小説を作る時、楽しいのは一瞬、苦しいのが99%。それでもやめない理由」
◆99%苦しい中の一瞬の喜びのために 手がけた小説や映画がヒットしていると、活動が順調に見られがちなのですが、実は作っていて楽しいのは一瞬。苦しいのが99%。理由は、自分の出しているものに対して、絶えず不満だから。映画でも、たとえば『百花』で主役の菅田将暉くんや原田美枝子さんを撮っていて、なんでもっといい芝居を引き出せないんだろう、と悩み続ける。 でも、たまにいい画が撮れたり、とんでもないお芝居が出たりすると、とてつもなく嬉しいんです。オリンピック選手のごとく、競技時間はほんの数分でも、それまでの努力は4年ある、という感覚に近いかもしれない。取材している時も書いている時もほぼ苦しいんですが、たまに「こういうことが書けた」と、自分でもびっくりするほどのいい一行が書ける時があるんです。それは神様が頑張ったことに対して、蜘蛛の糸を垂らしてくれたような瞬間でもあって。 その瞬間が気持ちよすぎて、手前の苦行がすべてOKになるような仕事。だから、さほど楽しい感じではない(苦笑)。それでも続けていられるのは、自分の問題だからだと思います。作品を作るモチベーションが、誰かのためにとか、みんなを喜ばせるためにということなら続かなかった。自分の切実さから発生しているものだから、続けた。だから、受け手としても、作っている人の切実さが感じられる映画や小説が好きです。 これは絶対に書かなきゃいけない、撮らなきゃいけないものだった。その作り手の切実さが、ごく稀に読者や観客と爆発的に共鳴するときがある。全クリエイティブの1%にしか満たない、そんな奇跡のような作品がアカデミー賞を獲ったり、大ベストセラーになったりするのだろうと思っています。
◆今のテーマは“センス・オブ・ユーモア” 順調そうに見られるのと同時に、軽やかに見られることもありますが、僕はとても重やかです(苦笑)。だからこそ “センス・オブ・ユーモア”が最近のテーマです。しんどいことが多い時代だから、なおさらのことユーモアを大切に。僕はそれをチャップリンの作品から教わりました。今作もユーモアはちりばめていて、例えば、主人公が管理する会社の金庫の番号が「5963(ご苦労さん)」とか。シリアスさの横に、くだらなさみたいなものが混じっていることがリアリティだと思っています。 チャップリンの言葉で、「人生は近くで見ると悲劇だけれども、遠くから見たら喜劇である」という名言があって、それに尽きる。目の前には嫌なことや絶望が溢れているけれど、これを2年後、3年後に振り返ると、「私はどうしてあんなことで悩んでいたのだろう」と思うことがほとんどではないでしょうか。なので、今の悩みに寄りすぎず、引いてみる。 今作も、主人公たちが乗馬クラブで馬を取り合う場面で、本人たちはすごく切実でも、引いてみるとどこか喜劇的に感じる。チャップリンの映画を観ていると、自分の人生を喜劇としてとらえようと思える。いつもチャップリンは悲惨な目に遭う物語を描くわけですが、みんなはコメディとして捉えている。もしかするとセンス・オブ・ユーモアは、人間に与えられた生きるための知恵なのかもしれません。 『私の馬』の発売を控えながらも、すでに次作のテーマも自分の中にあります。それは“不老不死”。昨今は男女問わず、美容や健康の話だらけ。年を重ねてもどうやって奇麗なままでいられるか、長生きできるかという話も多い。さりとて「死なない」「老いない」ことが、人間にとって幸せなのか? 今取材をしているんですが、これから3年かかると思いますが興味が尽きないテーマです(笑) (構成=かわむらあみり、撮影=本社 奥西義和)
川村元気