世界でも日本だけ! 超高齢化社会の申し子「老い本ブーム」は我が国特有の現象だった ーー酒井順子
「老い本」(おいぼん)とは、老後への不安や欲望にこたえるべく書かれた本のこと。世界トップクラスの超高齢化社会である日本は、世界一の「老い本大国」でもあります。 この老い本ブームは、高齢化が進んだ諸外国には見られず、きわめて日本的な、我が国独特の現象であるといいます。なぜ日本ではそんなに「老い本」が好んで読まれるのでしょうか? 【エッセイスト・酒井順子さんが、昭和史に残る名作から近年のベストセラーまで、あらゆる老い本を分析し、日本の高齢化社会や老いの精神史を鮮やかに解き明かしていく注目の新刊『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)。本記事は同書の「はじめに」より抜粋・編集したものです。】
書店に並ぶ「老いスター」
私の地元には何軒かの書店があるが、駅ビルの中にあるA書店は、中でも最も広い売り場面積を持っている。そのA書店で、ここ数年とみに棚の幅を広げているのは、エッセイコーナーである。 文芸書の棚と同程度、もしくはそれ以上の幅を持つエッセイコーナーを見ると、平積みになっている本のほぼ八割を占めているのは、高齢の著者による、老いをテーマとした「老い本」。佐藤愛子、樋口恵子、五木寛之、曽野綾子……といった「老い本」界のスター、すなわち「老いスター」達の本が、ずらりと並ぶのだ。 書店のエッセイコーナーではしばしば、「女性向けエッセイ」という一角があり、そこには恋愛や結婚やダイエット、メイクにファッションにアイドルといったテーマについて書かれた本が並んでいる。主に人生の前半を生きる女性をターゲットとしたそれらの本は、ピンク色を使用した装丁が多いので、棚全体から桃色ムードが漂っている。 書店によってはかなりの幅を占める桃色の「女性向けエッセイ」群なのだが、A書店のエッセイコーナーにおいて、その手のエッセイは、隅の方に追いやられている。そこでは、装丁に桃色が使われることが滅多にない老い本が多勢を占めるのであり、老い本以外のエッセイの存在感は、非常に薄い状態である。 この棚は、まさに高齢化が進む日本の現状を如実に表している。……などと思いつつエッセイコーナーに佇(たたず)んでいると、そこには次々と高齢者がやってくるのだった。70代とおぼしき女性は、上野千鶴子『最期まで在宅おひとりさまで機嫌よく』(2022年)を手に取り、夢中で立ち読みをしている。また80代と思われる男性は、吸い寄せられるかのように相続関係のエッセイを手に取り、そのままレジへ。私がそこにいたのは平日の昼間で、書店は閑散としていたのだが、エッセイコーナーだけが活気づいていた。 我が地元は東京23区内だが、都心でもなければおしゃれでもなければ若者に人気の町でもない、普通の住宅地である。人口は、23区内でも多い方の区なので、高齢者の数もまた、多い。A書店は高齢者という分厚い消費者層を、エッセイコーナーによってがっちりと掴んでいるようである。 ちなみに東京23区の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合。令和6年1月1日付「住民基本台帳」)を見ると、都心だったり、おしゃれイメージが高かったりする区ほど、高齢化率は低い。低高齢化率ベストスリーは中央区、千代田区、港区となっており、反対に高高齢化率ベストスリーは葛飾区、足立区、北区。 若い人々はおしゃれな都心に住みたがるから、という理由だけでそのような結果が出るわけではなかろう。所得が低くなる高齢者は、暮らしていく上でお金がかからない地に住みがちという傾向も、あるのかも。 全国で見ても(2023年「人口推計」)、都道府県別の高齢化率は、低い方から、東京、沖縄、愛知、神奈川、滋賀という順である。沖縄を除くと、大都市圏の高齢化率が低いのだが、しかし大都市圏は、出生率もまた低い。地元で子供は生まれないけれど、他地域から若者がやってくるので、これらの地域の高齢化率は低くなっていると思われる。 そんな中で唯一沖縄は、異質な存在である。おじい・おばあイメージが強い長寿県であるというのに、東京に次いで高齢化率が低い沖縄。一方で人口千人当たりの出生率は、四十九年連続で全国一(2022年)ということを考えると、全国で唯一、自県で生まれた若い世代を自県で生かすことができている県、ということになる。沖縄へ移住する若者の多さを見ても、大都市とは正反対の魅力がそこにあることがわかる。 反対に高齢化率が高い県は、自県で生まれ育った若者が都会に出る傾向が強く、それを補うほどには子供が生まれないという状況が続いていることになる。高齢化率が高いベストファイブは、一位が秋田で、以下高知、徳島・山口(同率)、青森・山形(同率)と続くのであり、大都市から比較的遠い県が目立つのだった。