「フィロス・コレクション ロートレック展 時をつかむ線」(SOMPO美術館)開幕レポート。世界最大級の個人コレクションで見るその生涯
19世紀末フランスを代表する画家、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864~1901)の、おもに紙による作品を集めた展覧会「フィロス・コレクション ロートレック展 時をつかむ線」が東京・新宿のSOMPO美術館で開幕した。会期は9月23日まで。担当は同館上席学芸員の小林晶子。 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864~1901)は1864年、南フランスのアルビに伯爵家の息子として生まれ、幼いころから、絵を描くことに関心を抱いていた。13歳のときに左脚を、14歳で右脚を骨折、以降下半身の成長が止まってしまい、絵画に専念するようになった。82年に画業のためにパリに出て、84年頃からモンマルトルにアトリエを構え、そこに生きる歌手や芸人、娼婦たちの姿を描きはじめる。とくに素早い描線と大胆な構図を活かしたポスターは一世を風靡たものの、飲酒や放埓な生活のために肉体と精神を害し1901年に世を去った。 本展はロートレックの紙作品の個人コレクションとして世界最大級となるギリシャ人コレクター、ベリンダとポールのフィロス夫妻によるフィロス・コレクションによって構成されている。第1章「素描」は、「線の画家」とも称されるロートレックが何を見て何を描いたのかが直接的に伝わってくる、100点を超えるドローイングを展示している。 ロートレックが生涯に手がけた素描は約5000点弱、単純計算するだけでも1日1点の素描を描いていたことになる。会場では質の高いフィロス・コレクションより、完成品からポスターや油彩画の習作、簡易的なスケッチまでをまとめて紹介。躍動感あふれる動物、自信に満ちた様子の歌手やダンサーたち、様々な角度から分析された人物の頭部など、つねに線を通して対象と対話していたロートレックの姿勢が伝わってくる。 第2章「ロートレックの世界ーカフェ・コンセール、ダンスホール、キャバレ」では、19世紀末の娯楽の発信地となったモンマルトルでロートレックが描いた、時代の習俗が伝わってくる作品を展示。 キャバレーの宣伝用ポスターから女優、歌手、コメディアンの姿をいきいきと描いた素描、演目や歌曲のイメージなど、この時代にこの場所にいたからこそとらえることができた熱量が作品に込められている。 第3章「出版ー 書籍のための挿絵、雑誌、歌曲集」では、ロートレックが活躍した時代において中心的なメディアだった、出版に関連する仕事を紹介。 この時代の出版は画家自らが手がけるオリジナルの版を少部数で丁寧に色刷りした高級品から、ゴシップや政治風刺を取り上げる大衆向けのカラー週刊誌まで、幅広い層に向けた媒体が展開された。ロートレックはそのいずれにも携わり、印刷の特色を最大限に生かした表現を行った。会場では刷りの違いなど、印刷ならではのロートレックのこだわりを見ることができる。 第4章「ポスター」は、本展のハイライトと言っても過言ではない章だ。1890年代にはアルフォンス・ミュシャ、ウジェーヌ・グラッセ、ピエール・ボナールといった多くの芸術家が携わったポスター制作。ロートレックも例外ではなく、1891年から1900年までのあいだに約30点のポスターを制作した。 本展ではパリの街を彩った、当時のままの鮮やかな色合いを伝える状態の良いポスター群を展示。なかでも、文字を載せる前の刷りなどは、ロートレックが目指した構成の美しさを伝えてくれる。 第5章「私的生活と晩年」は、隙間なく作家の生涯を知ることができるコレクションが形成されている、フィロス・コレクションならではの展示といえよう。 晩年はアルコール依存のために心身が衰弱したロートレックだが、それでもその人柄から多くの知人に恵まれた。最後となる第5章では、ロートレックを支えた人々の肖像写真や、晩年のロートレックの写真、やり取りした手紙などを展示することで、その人物像に迫ることができる。 確固たる信念を持ち、ロートレックの生涯を知ることができるコレクションを形成したフィロス・コレクション。19世紀末の文化とともに、ロートレックが何をなしたのかを会場で見てみてはいかがだろうか。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)