上意下達文化からの脱却 危機的状況のパナソニックを打開するために楠見グループCEOが掲げる「啓」から「更」
ポストコロナ時代に入ったが、世界情勢の不安定化や続く円安など業界を取り巻く環境は刻一刻と変化している。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。各社の責任者に話を聞いた。前編の記事はこちら。 【写真】4月にスタートする「大阪・関西万博」に、パナソニックグループが出展するパビリオン「ノモの国」 パナソニックグループは、2024年度を最終年度とする中期戦略において、目標とした3つの経営指標のうち、2つが未達になる見通しだ。パナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOは、その状況を捉えて「危機的状況」と表現する。 そのベースにあるのは、長年に渡って染みついてしまった上意下達の文化にあると、楠見グループCEOは指摘する。2024年には「啓」、「UNLOCK」という言葉を使い、社員一人ひとりのポテンシャルを開放することに取り組んで打開を図ったが、危機的状況はまだ続いているとも語る。 パナソニックグループの「危機的状況」とは果たして何か、そして、2025年はどんな成長を遂げるのか。PC USERの創刊30周年記念特別インタビューとなる楠見グループCEOのインタビュー後編では、パナソニックグループが抱える課題と、それに向けた打開策について聞いた。
松下電器の伝統が失われている――危機感が「UNLOCK」という言葉に
―― 楠見グループCEOは、2024年の言葉として「UNLOCK」を打ち出していました。これを掲げた狙いを教えてください。 楠見 2024年の一字として「啓(ひらく)」という言葉を選びました。「開放する」「人の目を開き、物事を理解させる」「闇が明ける」といった意味を持つ言葉で、2024年のパナソニックグループにとって、重要な言葉になると考えたからです。 ただ、この漢字一文字だけでは説明が難しく伝わりにくい。そこで考えた結果、これはUNLOCKという言葉につながるのではないかと思い至ったわけです。2025年4月13日から開幕する大阪・関西万博のパナソニックグループパビリオン「ノモの国」のテーマがUNLOCKですし、パナソニックグループの社員一人ひとりのポテンシャルをUNLOCKすることが、2024年において取り組むべきテーマであることを示しました。 そこで2024年は、「啓」という文字と共にUNLOCKという言葉も一緒に筆で書き、2024年の一字にしたわけです。 ―― この言葉が出てきた背景にある課題感とは何だったのでしょうか。 楠見 企業にとって大事なことは、従業員が生き生きとし、高い目標に向かって失敗を恐れずに挑戦し、多少つまずいても、また起き上がっていく姿勢を持つことです。 だが、今のパナソニックグループは必ずしもそうなっていません。日本経済は30年間に渡って停滞し、企業も厳しい時期を経験してきました。そして、厳しい環境から脱却するために上からはさまざまな指示が現場に飛びました。「これをやっておけ」とか「この通りにやれ」とか――。 その繰り返しが、上意下達の風土を社内に根付かせてしまったといえます。振り返ってみると、パナソニックグループは、2000年にV字回復を果たしたわけですが、その前後から、上意下達の風土がはびこっていたのではないかと思っています。私が入社した頃は、上意下達の雰囲気はなく、むしろ、自由かったつさがありました。大きな目標は上から示されたとしても、そこに向かって、どうチャレンジしていくのかということは、みんなで知恵を出してやっていく。これが「松下電器」のもともとの伝統だったわけです。 今は、それがなくなっている。とても大きな課題です。しかも、その解決には至っていません。約30年間に渡って、上意下達の文化の中で育った人が、今は事業部長や部長になっています。その人たちの仕事のやり方が変わっていない。指示を受けた通りに作業をすることが仕事だと思っている社員が多く、自分で知恵を出して、創意工夫をしていくというやり方を、全社員ができるように変えていかなくてはなりません。 パナソニックグループの目的は、お客さまへのお役立ちを通じて、お客さまに喜んでいただき、それによって適切な利益をいただくことです。しかし、事業が厳しくなり、売上や販売台数の拡大を優先し、本来の目的から、かけ離れたものになっていたという反省があります。パナソニックグループならではの経営のやり方が、できていなかった時期が長かったともいえます。 私が、パナソニックグループの中に、上意下達の文化が知らず知らずのうちに根づいていることに気が付いたのは、オートモーティブの事業責任者として、トヨタ自動車と一緒に仕事をしたときでした。 トヨタ自動車は外から見ていると、トップダウンの会社のようなイメージがあるかもしれませんが、現場は目標に対して一人ひとりが創意工夫を行う姿勢が一子相伝のようにして受け継がれています。 象徴的なのが、トヨタ生産方式です。現場でのカイゼン活動は、まさに社員一人ひとりの創意工夫によって実現しているのです。これは私見なのですが、期初見通しを上回る業績を達成できるという底力は、現場のカイゼン力にあると思っています。 パソナニックグループは上意下達の文化が浸透し、現場の人たちは言われたことをやるのが当たり前となり、自ら改善したり、自分で物事を考えたりすることが減ったりし、言われたことをやるのが仕事という大きな誤解が生まれるという悪循環につながっていたのです。 自主責任経営がパナソニックグループの経営の根幹であり、その文化を取り戻さなくてはならなりません。現場の社員が知恵を出し、創意工夫によって改善し、その成果が利益で積み上がり、過去最高益を更新するといった会社に変えていきたいと思っています。 ―― この1年で、「UNLOCK」はどれぐらいできましたか。 楠見 組織によって温度差があります。例えば、冷凍冷蔵ショーケースなどの事業を行うパナソニックのコールドチェーンソリューションズ社は、少し前までは業績が悪化し、新たな投資ができない状況にあり、組織にも閉塞感がありました。 しかし、経営層が中心となって働き掛けを行い、1つ1つをUNLOCKして社員が努力をした結果、業績が改善し、戦略的な商品も投入できるようになりました。UNLOCKすることを大切にし、それを実践している組織は業績があがるということを、コールドチェーンソリューションズ社が証明してくれたといえます。 しかし、パナソニックグループ全体を見ると、まだ成長に転じることができていません。変化を恐れ、現状に甘んじ、DXで遅れをとり、働き方の改革もいまだに途上にあるというのが実態です。グローバル競争でトップに返り咲くためには、2025年もUNLOCKを加速し、今までのやり方を根本的に変えなければならないと思っています。