米消費者物価、日本のインフレ率停滞シナリオに一石?
日銀が掲げる2%の物価上昇目標に達成の兆しが見えない中、コロナ禍が日本経済を襲いました。「需給ギャップ」は悪化が続き、需要不足で物価押し下げ圧力になっています。しかし、第一生命経済研究所・藤代宏一主任エコノミストは、米国の7月消費者物価指数の上昇が日本のインフレ率に影響を与える可能性を指摘します。藤代氏による分析です。
コアCPIが市場予想を大幅に上回る
日本の物価動向をめぐっては、大幅なマイナスの需給ギャップが残存する下で停滞が続く――。これがメインシナリオとして広く共有されており、筆者もそう考えています。需給ギャップとは文字通り需要と供給のバランスで、一般的に景気が悪い時は供給過剰となり、物価は下落します。日銀が公表している「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)によれば、2022年度でさえ消費者物価の見通しは+0.7%とされています。 ただ、8月12日に発表された7月の米消費者物価指数は、決まりきったかのような日本のインフレ率停滞シナリオに一石を投じる結果でした。全体から食料・エネルギーを除いたコアCPIは前月比+0.6%、前年比+1.6%と市場予想(前月比+0.1%、前年比+1.1%)を大幅に上回り、上向きのカーブに転じました。厳格なロックダウン中に下落していた中古車(前月比+2.3%)、衣料品(+1.1%)に加え、家賃、教育、通信など広範な品目が上昇しました。 主な背景は、マクロの家計収入増加に裏打ちされた個人消費の底堅さでしょう。マクロの家計収入は政府の大規模コロナ支援策によって4~6月期に前年比10%近く増加しました。そうした下で個人消費支出は3月に前月比▲6.7%、4月に▲12.9%と沈んだ後、5月は+8.5%、6月は+5.6%と回復基調にあり、7月も同程度の回復軌道を歩んだと思われます。こうした環境下で企業は値下げ競争に距離を置くことができたのでしょう。
日本でもマネーストックが過去最大の伸び
こうしたインフレ動向は、マネーストック(通貨供給量)の急増から説明することもできます。6月の米マネーストック(M2)は前年比+22.9%と歴史的な伸びを示しました。その背景にあるのは、政府による家計支援策(現金給付、失業保険上乗せ給付)と銀行貸出の増加です。このうち後者はリーマンショック時にも観察された資金繰り目的の借り入れが含まれていることから、危機が過ぎ去れば元のトレンドに戻ることを考慮する必要がありますが、家計に支給された現金はマネーストックに滞留します。物価と通貨供給量の関係は必ずしも一定ではありませんが、マネーストック急増がインフレ率上昇につながる可能性はあるでしょう。