「刷り込みに近い食べ物です」「生ガキを食べる時のほうが緊張します」――鹿児島で「鳥刺し」文化が生き続ける理由
小さい頃からずっとあった、刷り込みに近い食べ物
伝統食でありながら日常食でもある鳥刺し。「美味しいのは間違いないんですけれど、食べて好きになったというよりは、小さい頃からずっとあった。刷り込みに近い食べ物です」と寺師さんが笑うように、鹿児島県民にとっては当たり前のメニューだが、鹿児島を一歩出ると鶏肉の生食は必ずしもありふれたものではない。むしろ「禁止されているのでは?」「食べて大丈夫なの?」という声が強いだろう。 では、前述の厚労省による「カンピロバクター食中毒対策の推進について」の“お達し”によって鹿児島の食文化である鳥刺しが衰退してしまったかといえば、ノーだ。
「本県は鶏の生食について設けた基準があり、それに基づいて処理をした食鳥肉が流通しています」 そう語るのは鹿児島県くらし保健福祉部生活衛生課の食品衛生専門監、篠崎陽二さんだ。鶏の生食は食品衛生法などで規制されているわけではなく、鹿児島には既に独自のガイドラインが確立されていたからだ。 遡れば1990年代、腸管出血性大腸菌0157による食中毒の爆発的な流行を背景に、国は1998年に生食用の肉の処理、殺菌方法についての衛生基準を定めた。 「これは牛と馬の生食についてのガイドラインであり、鶏肉の基準は定められていませんでした。鶏の肉食が県民の身近にある本県では独自に鶏肉の生食についてのガイドラインを作るべきだということで、検討委員会が作られた経緯があります」(篠崎さん) 鹿児島県は2000年に「生食用食鳥肉の衛生基準」を独自に発表。加工や解体時の流水洗浄、さらに表面をガスバーナーなどで焼烙殺菌すること、各器具の洗浄消毒に83℃以上の熱湯を用いることなどを示した。
この「焼烙」というのは理学療法の一つでもあり、競走馬などの治療法として知られている。熱に弱いカンピロバクターを殲滅するために特に重要な工程であり、鹿児島県がガイドラインを定める前から県内では一般的な殺菌処理方法として伝わっていた。鶏の生食を愛してやまない先人の知恵だろう。2000年以後、鹿児島県のカンピロバクター食中毒の件数は常に全国件数のわずか1%前後という成果を残し続け、2019年には報告数ゼロを達成している。