「刷り込みに近い食べ物です」「生ガキを食べる時のほうが緊張します」――鹿児島で「鳥刺し」文化が生き続ける理由
コンビニやドラッグストアでも買える
「昔は実家で鶏を飼っていました」と幼少時代を振り返るのは、南九州市出身で今は鹿児島市内に住む寺師俊孝さん(53)だ。 「庭の一部に囲いを作ってそこで放し飼いのような形で飼っていました。田舎なので土地もあったし、近所には同じような家庭はいくつかありましたよ。正月などの親戚が集まる機会では一羽つぶして刺し身にする。親父は教員だったんですけれど『これは野菜と同じだから』と言っていたのを覚えています」 かつて鹿児島で鶏は「歩く野菜」と呼ばれ、貴重なタンパク源として扱われていた。昭和や平成初期まで都市部を除いたエリアでは、家庭菜園ならぬ家庭養鶏はありふれた光景だったという。 さすがに近年では珍しくなったものの、養鶏業や流通の発展と共に鳥刺しは日常食としての地歩を固めていく。
鹿児島県内ではスーパーマーケットや精肉店をはじめ、一部のコンビニやドラッグストアまでパック詰めされた鳥刺しが並ぶ。安い物で1人前100円から販売しており、200円から400円が相場だ。比較的高い「刺身盛り合わせ」でも1000円を超えることはまずない。求めやすい価格も人気の大きな理由だ。 街には鶏肉専門店や「かしわ屋」が散見する。持ち帰り専門店まであり、こちらも廉価だ。来客は「ムネ、モモ、手羽元を100グラムずつ」、あるいは「1000円の盛り合わせを2皿」などと、慣れた口調でグラムや金額を指定して購入していく。電話で「焼きは軽めでいいから」という細かな注文を受ける店もある。どの店舗も夕方前にはほとんど売り切れてしまうという。「かごんま人ならお気に入りの鳥刺し店がある」は県民の共通認識だろう。 寺師家の場合、市内伊敷の「佐藤精肉店」がそれに当たる。 「息子が高校時代に同級生に美味しいらしいと聞いてきて、試してみたら本当でした。焼き目の付いた皮とちょっとレア気味の身がいい塩梅です。息子はいま愛知県在住なのですが帰省すると必ず食べています」(妻・多喜子さん)