「刷り込みに近い食べ物です」「生ガキを食べる時のほうが緊張します」――鹿児島で「鳥刺し」文化が生き続ける理由
厚労省は、翌2017年に全国の自治体に対して「カンピロバクター食中毒対策の推進について」という通知を出している。食鳥処理業者や卸売業者等は、飲食店が客に鶏肉を提供する際には「加熱用」「十分に加熱してお召し上がり下さい」「生食用には使用しないでください」などの表示を徹底し、確実に情報を伝達せよ、との内容だ。 あくまで「通知」ではあるが、厚労省は事実上、飲食店での鶏肉の生食は推奨しておらず、全国的に鳥刺しやユッケ、生つくねなどはほとんど見られなくなってしまった。その影響もあってか、昨年は都内の老舗焼き鳥店が人気メニュー「生つくね」について「鶏の生食はリスクが高すぎる」とSNSなどで批判を受け、閉店に追い込まれる出来事もあった。
鳥刺しテイクアウト専門店が存在する鶏肉王国・鹿児島
しかし、そんな中でも現在も鶏肉を限りなくレアに近い状態で食べる地域がある。そのひとつが独自の食文化を保つ鹿児島県だ。 海に面していながら北部に出水山地、大隅半島には高隈山地などを構え、山岳地帯も広く有している。その豊かな立地に加え、古くは鉄砲やキリスト教伝来の地ともされ、独自の文化を色濃く残してきた。 その食文化も独特だ。鶏飯、さつま汁、さつま揚げ。甘党はかるかんや白熊などを挙げるかもしれない。自然の恩恵を受けた名産や郷土料理は枚挙にいとまがなく、ソウルフードの多彩さ、という意味ではかなり興味深い土地だろう。 現代でも手軽に愛されているのが「鳥刺し」。その名の通り、生食の鶏肉である。
主にモモ、ムネ、ササミなどが食されるが、それぞれの肉をあぶり、魚介と同じように薄く切り、甘みや芳醇な香りを持つ「九州醤油」でいただく。薬味はおろしにんにく、おろしショウガ、青紫蘇や青ネギだ。飲食店ではタマネギスライスと共に供されることも多い。価格帯は100グラム前後で500-600円。盛り合わせのような形態で出す店もある。香ばしい皮、噛むと滲み出る旨味、コリコリとした歯応えは、肴としてもおかずとしても人気のメニューだ。 その起源は江戸時代にさかのぼる。薩摩武士の間で流行した闘鶏では、負けた鶏をその場でしめて食べる習慣があった。その際に野菜と共に煮込まれたのがさつま汁で、ササミは刺し身となった。これが鳥刺しの原点の一つとされる。 闘鶏は1873(明治6)年に禁令が公布されたが、食文化としての鶏料理は連綿と続いてきた。