日本の性教育はなぜ遅れているのかーー高校生に「人間と性」を教えた元保健体育教員が語る、盛り上がりとバッシング #性のギモン
バッシングによる教育現場の萎縮、心を病んだ人もいた
村瀬さんも講演会を妨害されるなどの攻撃を受けた。もっともひどいバッシングを受けたのが都立七生養護学校(当時)だった。2003年にある都議が子どもたちに性について教える授業を視察し、ペニスやワギナを教える授業は「常識では考えられない」と激しく非難、教材の人形を持ち去った。 「都議と一緒に来ていた新聞記者が、教材で使っていた人形をパンツを脱がせた状態で写真に撮って、『わいせつ授業』とか『ここはポルノショップか』と書き立てたんです。新聞がそう書いたからといって、保護者や市民が『教員がわいせつな意図で教えるわけがない』と思ってくれればいいのですが、なかなかそうはならなかった。世論も冷静な判断がまだできなかったんですね」 東京都教育委員会によって教員らが厳重注意処分に、校長が降格・停職処分になった。都教委は他の学校も調査し、100人以上の教員が減給や戒告などの処分を受けた。七生養護学校の元校長は処分は不当だとして取り消しを求めて都教委を提訴、2010年に処分を取り消す判決が確定した。元教員や保護者らは都教委や都議らの行動は教育現場への不当介入だとして損害賠償を求める訴えを起こし、2013年に介入は「不当な支配」にあたるという判決が確定した。 「バッシングされて処分を受けたのは親しい仲間の先生たちでした。私も攻撃の対象になりましたが、もっともターゲットにされたのは公立の先生がたです。心を病んだ人もいましたよ。私は本当に心苦しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そういった先生がたをどう支えるかというので、裁判も一生懸命、支援しました」
――バッシングによって教育の現場が萎縮してしまった。 「性教協をやめていく人も多かったです。だから、今の『おうち性教育』の売れ行きには本当に驚いています。こういったインタビューの依頼もほうぼうからいただいて、性教育にあらためて注目が集まっていることを実感します」 ――今後、性教育はどうなっていくと思いますか。 「今もまだ多くの人が、性教育といえば性行為を教えることだと思っているけれど、大きな誤解です。性器や性交はたくさんあるテーマの一つにすぎません。じゃあ何を教えるかといえば、人間のあり方、関係のあり方なんです。“to do”ではなく“to be”が性の学びの核心です」 「和光では総合学習で“人間と性”をやりましたが、私学だからできたと思います。公立の学校ではまず無理でしょう。今の学習指導要領を前提とすれば、理科、家庭科、社会科などいろんな教科が連携しながら取り組んでいくことです。教員の養成も課題です。教員養成課程にセクソロジーを取り入れて、性を教えられる教員を育てるということを国としてやっていかないといけないと思いますね」 --- 鈴木紗耶香(すずき・さやか) フリーライター・編集者。民俗、宗教、宗教美術、工芸、辺境、メンタルヘルスや文化にまつわる社会問題が主な関心ごと。
--- 「#性のギモン」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の1つです。人間関係やからだの悩みなど、さまざまな視点から「性」について、そして性教育について取り上げます。子どもから大人まで関わる性のこと、一緒に考えてみませんか。