だらしない人、変な言動をする人は「性暴力の被害者らしくない?」性被害者への思い込み・偏見を問う
教師による生徒への性暴力について描いた、さいきまこさんの漫画『言えないことをしたのは誰?』(現代書館)。保健室の先生である、主人公・神尾莉生が生徒たちを守るために、加害教師と、「学校」という組織と奮闘します。本作には4人の被害者が登場しますが、性格や雰囲気はみんな異なる――それは、性暴力は加害者側の問題であること、「被害者らしさ」から外れる被害者もいることを示しています。10年以上前に被害に遭い、苦しみ続けている元生徒もおり、被害が長期的に影響を及ぼすことも伝わってくる作品です。さいきさんにインタビューを行いました。※本記事には性暴力に関する具体的な表現が含まれます。 【漫画】『言えないことをしたのは誰?』(©さいきまこ/現代書館)より ■「被害者らしさ」のステレオタイプを問う ――本作では4人の被害者が登場します。一人ひとり性格など特徴が異なりますが、描き方でどんなことを意識されましたか? 被害による影響と、世間にある「被害者らしさ」のイメージを両面から描きたいと思っていました。まず示したかったのは、被害者は一見被害者に見えないことがあるということです。突飛な行動や、だらしなく見える生活は被害のトラウマによるもの。ですが、一般的には被害によってどういう影響があるか知られていないため、「おかしな人だからまともに相手する必要がない」と見られてしまいます。 中学生のときに被害に遭い、26歳の現在まで苦しみ続けている円城遥の行動は、お酒を飲んでコンビニの前に座り込み、ナンパしてきた男性について行くなど、読者に「変な人」と見せておいて、後にそういった行動は被害が原因であり、本人には一欠けらも責任がないことを示しました。 他の3人の中学生は、「普通」に見える子や、優等生的な子も加害者のターゲットにされると行動に異変が出ることを描きました。生まれつき変な言動をする被害者はいないことを伝えたかったんです。その裏には「一目で被害者とわかる人なんているの?」という問いを込めています。「しおらしくて、いつも泣いていて、悲壮感があるのが被害者」――そういう人以外は被害者として「認めない」という世間のステレオタイプがあります。 ――中学生の被害者の一人である平手美桜さんは、加害教師のターゲットにされたものの、明確な加害行為が神尾先生によって止められました。ただ、「教師が性加害を目的に自分に目をつけていたこと」も「被害」と描いています。 その点、神尾先生が最初に被害に気づいた小松川紗月を、どんな被害に遭っていた設定にするか、悩みました。挿入までいっていたのか、そうではないのか。トラウマ症状は挿入の有無にかかわらず生じるものですが、被害者同士でも、挿入の有無で被害の程度を比べてしまうことがあると聞いたこともあって、一番苛烈な被害形態として描きました。 ですが、被害は挿入行為があるものに限られないことも描く必要があります。加害教師に恋愛感情を持っていた(持たされていた)山口愛結佳や、個別で呼び出されたものの、肩に手を置く以上のことはなかった平手は、挿入を伴う加害行為でないからといって、被害として軽いわけではありません。 またこれは被害の程度に問わず、子どもの頃に被害に遭った場合、自分がされたことが加害行為だと認識するまでに時間がかかることが多く、現時点で被害だと理解できないことを描く必要もあると思いました。 ――山口さんのように、加害教師に憧れの感情や好意を持つ子どももいると思います。もちろん作中でも描いているとおり、まともな大人なら教え子に手を出さないのは当然です。ただ、現実世界でも子どもが加害者に好意的な感情を抱いていた場合、被害が矮小化して見られる傾向があると思います。社会にどんな視点が必要でしょうか? 知らなければ、性暴力の本質は見えません。なので、こういう手口があることを知っておく必要があると思います。 山口の場合、加害教師は「大人に見られたい」という承認欲求やプライドの高さにつけこみ、手なずけていく。こういった手口は昔からあったでしょうし、中高生だけでなく、大学教員が大学生に対して行う場合もありえると思います。 5年ほど前、実際に教師に取材した過程で「私の周りでは被害を見聞きしたことがない。教師が児童を膝の上に乗せているのを見たことはあるけれど」といった発言を聞いたことがあります。今だったらこの捉え方ではアウトだという共通認識があると思うのですが、数年前までは学校も違和感を持っていなかったんです。 また、かつて「ロリコン教師」という言葉がありましたが、単に少女好き、女の子にときめくくらいの認識で、もちろん子どもたちから見ればそれだけでも加害的なのですが、具体的な加害行為に及ぶとまでは思われていなかった。実際に、被害を受けている児童生徒がいることが認知されてきたのは最近のこと。新聞やネットニュースで報道されるようになってきて、知られるようになりました。 事実が知られると、自分が被害に遭ったのだと認識しやすくなりますし、被害の告白のハードルも下がるので、もっと加害の実態を知らせることを進めていく必要があると思います。 ■長期的に続く被害の影響 ――円城さんは10年以上もの間、被害の影響で苦しめられています。現実にも、性暴力は被害の瞬間だけつらいものだと思われていて、その先の被害者の生活が想像されないことは少なくありません。さいきさんも取材や制作の過程で、現実とイメージのギャップを感じることはありましたか? 元々は私も知らなくて、本を読んだり、取材に応じてくださった被害当事者の方の話を聞いたりして、こんなにも影響が大きく、長く続くのだとわかりました。 神尾先生の高校の同級生の清水は、5歳のときに性被害に遭い、自分でも理由がわからないまま自傷行為を行っていました。取材の中で、実際に幼少期に被害に遭って、ずっとなんでもないように生活をしていたものの、数十年経過してから心身に不調が出てきた話を聞かせてくださった人もいます。 性暴力の報道にて、フジテレビの島田彩夏アナウンサーが<性的な意味を理解することと、被害を認識することは異なる問題>と書かれていました。 本作の言葉を使うならば「時限爆弾」が爆発する前から、されたことが性的な行為だと理解はしていたものの、それが被害だと認識したときに爆発し、心身への影響が出てくるのでしょう。ゆえに、被害の影響は長い目で見ないとわからないと思います。 ――山口さんや平手さんのように、現在は被害と認識していなくても、いつかされたことの意味を理解して、苦しくなるかもしれないのですよね。 抑うつや不眠、不適応や自傷行為など、症状は出ていてもそれが性被害によるものだと気づかないことが多いようです。「性被害によって、具体的にこういう心身の症状が起き得る」「時間が経ってから症状が出てくることがある」ということが知識としてあると、何か不調を感じたときに「もしかしたらPTSDかもしれない」と治療に繋がる可能性があると思います。知っているのと知らないのとでは、その後に取れる対策の差が大きくなるでしょう。被害に遭った本人だけでなく、周囲も知っておく必要があると取材しながら痛感しました。 ※後編に続きます。 【プロフィール】 さいきまこ 2000年に集英社より漫画家デビュー。福祉やジェンダーなど社会問題を扱った作品を多く執筆。著書に『陽のあたる家~生活保護に支えられて~』『神様の背中~貧困の中の子どもたち~』『助け合いたい~老後破綻の親、過労死ラインの子~』(秋田書店)など。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ