「無限に申し込みができる」自治体のプレミアム付商品券を不正利用する転売ヤーの手口とは
中国人転売ヤーたちの紙おむつ買い占め
Sは知る由もなかったが、転売とプレミアム付商品券をいち早く結びつけたのも中国系転売ヤーとみられる。 2013年から2014年にかけ、日本の薬局やベビー用品店では、「おひとり様1点まで」などという張り紙が出現した。花王の紙おむつ「メリーズ」に、購入個数制限が設けられたのだ。背景には、2008年の「毒粉ミルク事件」以来、中国で燻り続けていた、国産ベビー用品に対する不信感がある。当時中国では、乳幼児が腎結石と診断されるケースが続出したため、原因を調査したところ、その多くが有機化合物であるメラミンが混入した粉ミルクに起因することが分かったのだ。 中国の酪農業界では、牛乳を文字通り水増しして出荷する不正がかねてから相次いでおり、それを防止する目的で行政によるタンパク質量を測定する抜き打ち検査が行われていた。ところが薄めた牛乳にメラミンを混入させることで、この検査を掻い潜ることができたという。そうした理由から中国ではメラミン入りの生乳が人知れず出回り、その一部が粉ミルクの原料として使われたことで、乳幼児の健康被害を起こしていたというわけだ。 そのため、中間層以上の子育て世帯を中心に、日本を含む海外製の粉ミルクを買い求める動きが広がって行った。やがて、乳幼児の必需品である紙おむつにも海外製を求める動きが出てくる。中でもダントツの人気を誇ったのが中国でも知名度が高い花王の製品、メリーズだった。 そこに目をつけたのが一部の在日中国人だ。 留学生から会社員、主婦にいたるまで、日本の小売店で一袋1200円前後で売られていたメリーズを購入して、中国のCtoCサイトなどで転売すると、3000円以上の値付けでも買い手がつく。10袋程度をまとめて販売すれば、送料を引いてもちょっとした副収入を得ることができた。 彼らによる転売熱が高まったことでメリーズは品薄に陥り、前述の通り販売店のなかには購入個数制限を設けるところも出てきた。そうなると、自分の足で買い周りをするしかない個人転売ヤーには、扱いが難しくなってくる。 一方でアドバンテージを得たのは動員力を持つ転売グループだ。あるグループは他の転売の時に動員した並び屋たちに、「池袋の倉庫に持ち込めば、メリーズ一袋1400円で買い取る」と打診した。メリーズ一袋あたり200円程度が並び屋の儲けだ。 転売の並び屋は購入数制限がある店舗でも本人確認なしに購入できる場合、数時間おきに2、3回転するのはザラだ。その方法で1店舗6袋を購入できると仮定し、10店舗回わったとしても1日の日当は1万2000円。紙おむつは嵩張る。これだけの量を買い回って倉庫に届けるには車も必要で、それほど美味しい仕事とは言えないだろう。そこでグループ関係者らが並び屋たちにアドバイスしたのが、「各自が居住する地元の自治体で発行されているプレミアム付商品券を入手し、紙おむつの支払いに充てる」という方法だ。商品券がプレミアム率20%の場合、実質一袋1000円で購入でき、並び屋の儲けは倍になるのだ。首都圏の各自治体で発行されているプレミアム付商品券の購入方法の解説書を中国語で用意し、チャットアプリなどで配布した。そこには「住所さえあれば偽名で複数の申し込みも可能」などと、不正の指南もなされていた。 グループの関係者によると、彼らの倉庫には、並び屋である中国人女性のママ友という日本人の主婦も出入りするようになった。そしてこのグループは、2014年夏からの1年間で、メリーズを中心に粉ミルクや離乳食など、市販価格ベースで1億2000万円分のベビー用品を中国に輸出した。それらを持ち込んだ並び屋の半数以上はプレミアム付商品券で売品を購入していたという。プレミアム付商品券の事業に各自治体の税金が投入されていることを考えると、少なくとも数千万円規模の公金が、転売グループと並び屋で山分けされたことになる。 奥窪優木 1980年、愛媛県松山市生まれ。フリーライター。上智大学経済学部卒後に渡米。ニューヨーク市立大学を中退、現地邦字紙記者に。中国在住を経て帰国し、日本の裏社会事情や転売ヤー組織を取材。著書に『中国「猛毒食品」に殺される』『ルポ 新型コロナ詐欺』など。 協力:新潮社 新潮社 Book Bang編集部 新潮社
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