東京にこだわらない女たち 「ここには余白がない」
「どこでも生きていける」選択肢を持っていたい
Yさんは、なぜ東京にこだわらないのか。 「東京でしか働けない、暮らしていけない、っていう縛りより、どこでも生きていけるという選択肢を持っていたいというのがありました。どうしても東京に住むには、お金の問題が付きまとう。私は、東京でしか生きていけないというこだわりを手放したかったのです」 「東京には余白がないと思います。ぎゅっと詰まっている中で、みんなが必死に生きている。一方で、地方は足りないことがたくさんある。例えば、電車の本数、買い物できる施設の数、スーパーの数など。不便がたくさんあるからこそ、その中で新しく創り出す方が、自分の生き方として心地よいのです」 「中高の同級生たちが東京でキャリアに邁進している姿を見ていると、もしかしたら私は違う道を捨ててしまったのかな、と思ったりすることも時々あります。でも、戻りたくなったらいつでも戻れるし、今はこの選択が合っているなと思っています」
東京で生まれているからこそ、こだわりがない
Kさん(33)は、東京都出身で2021年に北海道に移住した。Kさんはもともと都内でコンサル会社に勤めていたが、移住をきっかけに独立。いまは北海道で学校を経営している。転勤族の家庭で育ち、東京だけでなく海外在住も経験した。そんなKさんは、東京で生まれているからこそ、東京にこだわりがない、と語る。 「そもそも『東京だ~!』って思って生きてこなかったし、そんなに意識していなかったですね。小さいときから東京以外で生活した経験が長く、この先もずっと東京にいるっていう感じではないです。ただ、たまたま今実家がある場所が東京で、自分が長い時間育った場所、という感覚ですかね。これからどうなるかわからない時代に、『東京が絶対居心地よい』と決めつけるのが嫌でした。自分は変化する人間で、フレキシブルさを大事にしたいと思っています」 そんなKさんは、いつかは自然の多い場所に移住したいなと漠然と思っていたものの、自分とパートナーの仕事の都合もあり、最初は東京都と北海道の2拠点生活から始めたという。そして、コロナ禍でのリモートワークの浸透が後押しになり、完全に移住した。 「小さいときから転勤族だったので移住することに抵抗はなかったです。パートナーも私も温泉が好きだったので、温泉が多くて、水がきれいな場所に移住したいね、という会話をよくしていました。また、当時は会社員でしたが、私の夢は学校づくりだったので、それができる場所に移り住みたいというのもありました」 そんなときに北海道に移住した夫婦と出会うきっかけがあり、自分も移住して事業を起こしてみたいと思うようになった。北海道と東京の2拠点生活、当初は1-2年やってみて、無理だったら東京に帰ろうと思っていたという。自分の親からも批判をあびたが、とにかくその場所で事業をやってみたかったので、体力を削りながらもどうにか1年半は続けた。 体力も気力も限界だったころ、コロナ禍がきっかけで東京の家を手放した。「緊急事態宣言で移動が難しくなり、コロナ禍が終わらないから、東京には戻らないのに家賃払うのがもったいないね、と。パートナーの仕事の都合がオンラインOKという変化もあり、完全に2人で移住することができました。いまは事業も軌道に乗り始め、北海道にマイホームも建てました。街の人とのつながりも増え、とても楽しく過ごせています。移住してよかったです」 完全移住したKさんだが、実は2ー3か月に1度は東京に“帰る”ようにしているという。 「東京には文化を享受できる場所が数多くあります。美術館、展覧会、週末どこかにいけば、何かしらやっているのが東京。定期的に東京に行くと、自分の感覚が研ぎ澄まされる感じがします。また、ちゃんとおしゃれしようっていう美意識も芽生えますね。1日に見える人の量が多い分、東京を歩いていると、おもしろい。あんな髪型もいいな!こんな服可愛い!と刺激がある。一方で、刺激があるから、モヤモヤする気持ちも多い。東京にいると、社会の制度に対する違和感、時には理不尽さを感じることもあります。毎日刺激はいらないけど、たまにはこういう刺激もあった方が、バランスがとれているなと思います」