〈シリア・アサド政権崩壊の勝者と敗者は?〉混迷深まる中東で2025年、各国どう動くか
カギ握るサウジアラビアの支持
トランプ氏に大きく左右されそうなシリアの将来だが、新政府が順調に船出できるかのもう一つの焦点はアラブ世界の支持をいかに獲得できるかだろう。国際テロ組織アルカイダの分派組織の指導者だったジャウラニ氏は首相や外相、国防相に自らに近い人物を任命し、暫定政府の骨格人事をほぼ終えた。 また、アサド政権を打倒した数十に上る反体制派の武装組織を解散させ、国防省の傘下に統合することでも合意した。ジャウラニ氏は身だしなみにも気を遣い、戦闘服や宗教的な衣服をつけるのをやめ、スーツの着用を始めた。テロリストから政治的指導者へ変身したことをアピールするのが目的だ。 こうした過激派からのイメチェン効果もあり、トルコやヨルダン、カタールなどの外相らがダマスカスを訪問、相次いで同氏と会談した。暫定政府のシェイバニ外相もアラブ首長国連邦(UAE)のアブドラ外相と電話会談した。今後、新生シリアがアラブ世界から復興援助を受けられるかは、石油大国サウジアラビアの支持を獲得できるかが大きなカギになるだろう。 そのためには何よりもシリア国内の政治的安定が最優先だ。だが、ダマスカスなどで治安部隊と前政権支持者のデモ隊が衝突、北部ではトルコに支援された「シリア国民軍」(SNA)と米国が後ろ盾となっているクルド人民兵組織「シリア民主軍」(SDF)が激戦を展開するなど国内の反目は依然収まっていない。米軍がいなくなれば、内紛の調停役も消えてしまう。
明暗分けるイスラエルとイラン
こうした中で絶好調なのがイスラエルのネタニヤフ首相だ。イスラエルはアサド政権崩壊の混乱に乗じ、シリアから占領したゴラン高原で、停戦協定を反故にして国連監視の非武装地帯(DMZ)を掌握し、シリア領内に進軍。ダマスカスを望むヘルモン山の山頂の一部も制圧した。首相は12月17日、山頂のシリア側に立ち、安全が保障されるまでイスラエル軍がこの場所に駐留すると言明してみせた。 「ネタニヤフはシリアが政権交代の混乱にある中、“漁夫の利”を得る形でシリア領内にまで軍を侵入させた。半永久的に駐留し続けるのではないか」(ベイルート筋)。首相はガザ戦争でイスラム組織ハマスを支援してきたイランを武力で沈黙させ、レバノンの親イラン組織ヒズボラの指導者を殺害するなど壊滅的打撃を与えたが、これらの勝利が大胆な行動を後押ししている格好だ。 ガザ戦争でも、イスラエル軍はハマスの中心的な指導者をほとんど殺害し、建物を破壊し尽した。パレスチナ住民の犠牲者は4万5000人以上に上っている。停戦に近づいていると伝えられる中、ネタニヤフ首相は「いつになるか分からない」と強硬姿勢を変えていない。国内の支持率も上がり、全ての状況が自分に有利になっていると自信を深めている。 これと対照的なのがイランだ。イスラエルに対する「前方基地」だったヒズボラが事実上敗北し、アサド政権崩壊でシリアに駐留していた数千人の革命防衛隊を撤退させざるを得なかった。海外の拠点を失った打撃は計り知れなく、シリア政変の「最大の敗者」であることが一段と鮮明になってきた。 イランのもう一つの「前方基地」であるイエメンのフーシ派は最近、テルアビブにミサイル攻撃し、十数人を負傷させた。ネタニヤフ首相が報復命令を出し、イスラエル軍がこれまでにイエメンの首都サヌアの国際空港などを猛爆撃した。空港に居合わせた世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が危うく難を逃れた。今後、フーシ派が大損害を被れば、イランにとってもさらなる打撃となるだろう。 イランの苦境に追い打ちをかけるように、ここにきてイラン国内のエネルギー危機が深刻化。米紙によると、これまでにイランの発電所17カ所が停止に追い込まれ、工場などの生産能力も最大50%も落ち込んでいる。一般家庭や企業、役所なども電力カットにあえいでいる。 「イランは国内外ともに追い込まれており、窮地を打開するために核兵器開発に走る恐れがある」(ベイルート筋)。実際、国際原子力機関(IAEA)はイランが濃縮度を60%に高めたウランの生産ペースを7倍以上に加速させていると警告している。 イランの濃縮ウランの貯蔵は核爆弾4個を製造できる量に達している。新年の中東情勢が波乱含みの展開になるのは確実のようだ。
佐々木伸