なぜ稲見萌寧は日本ゴルフ界にとって歴史的銀メダルを獲得することができたのか…「プレーオフは勝率100%の得意分野」
スコアを2つ伸ばして迎えた後半。12番(パー4・433ヤード)から怒涛の4連続バーディーを奪い、首位のコルダに1打差まで迫った。面白いように決まったバーディーパットは、キックボクシングなどを介してオフに鍛え上げた体幹の賜物だった。 JLPGAツアーにおける平均パット数は、2019シーズンの43位(1.8312)から、昨年と今年が統合されて算出される今シーズンは3位(1.7712)へ急浮上している。身体がぶれなくなったフォームが、正確なパッティングを生み出していた。 もちろん、しっかりパーオンしなければバーディーは狙えない。2019シーズンにツアー歴代最高のパーオン率(78.2079%)を記録した、正確無比なアイアンショットは今シーズンも2位(74.4681%)と健在。東京五輪でも稲見を支え続けた。 ゴルフを始めたのは9歳のとき。父親の了さんについていった練習場で打ってみると、初心者なのに一度も空振りをしない。才能を感じた了さんはレッスンプロをつけ、より整った練習環境を求めて都内から千葉県内へ引っ越した。 高校進学時に通信制の日本ウェルネス高を選んだのも、一日10時間に達する練習時間を確保するためだ。身長166cm体重58kgと小柄ゆえに、ティショットの飛距離はどうしても劣る。それでも稲見は猛練習で手にした自分のスタイルに絶対的な自信を抱く。 「飛距離がすべてではないと思っていますし、実際に私が得意なのはティショットの次からのショットなので。今日も自分のゴルフをしようと心がけていました」 東京五輪最終日の平均飛距離は、参加60人のなかで43位だった。それでもティショットがフェアウェイを外したのはわずか一度だけ。狙った通りの場所にボールを運び、しっかりとパーオンさせ、新たな武器であるパッティングでバーディーを量産した。 テクニックだけでなくメンタルの強さも際立った。バンカー越えの第2打をパーオンさせるも、ピンを約4mオーバーした17番(パー4・311ヤード)。グリーンに近づいたところでホーンが鳴り響き、雷雲接近のために中断された。 「後ろの最終組は全員が17番でバーディーを取ってくると考えていたので、自分もバーディーを取らないとメダル圏内は難しい、と思っていました」 勝負どころのパットを前に、50分近くも待たされた。普通なら焦らされ、心も揺れる。しかし、雨も降ってグリーンの状態も変わっていたなかで、稲見は何事もなかったかのようにややスライスするラインをど真ん中から沈めた。 この時点でコルダに並び、金メダルへの期待も高まってきた。どのように緊張感をつなぎ止めていたのか。稲見はオンとオフをしっかりと切り替えていた。 「実はあまりゴルフのことを考えていなくて。畑岡奈紗ちゃんと同じテーブルでお菓子をつまみながら雑談したり、天気予報を見たりして楽しんでいました」 迎えた最終18番。セカンドショットを珍しくショートさせ、グリーン手前のバンカーに打ち込んだ。出すのが精いっぱいの第3打で乗せるも、ピンまでの距離は約9m。パーパットもカップの左を抜け、再びコルダの後塵を拝した。