牛肉ができるまでに排出される温室効果ガスを削減 温暖化や砂漠化など環境破壊と向き合う環境再生型農業の現在(レビュー)
地球温暖化の影響により今年はいつまでも暖かく、東京都心では11月7日に27.5度を観測し、100年ぶりに11月の最高気温を更新した。ようやく冬らしくなってきた昨今、イベントが続く季節にはすき焼きやステーキなど牛肉を口にする機会も多いだろう。 その牛肉は畜産物のなかでも特に環境負荷が高いと言われていることはご存知だろうか。 そのため、環境への意識が高い欧米では肉を食べないことがヘルシーとされ、環境への負荷を減らすためにビーガンが持て囃されている。 しかし、牛肉の消費量は国内だけでなく、輸出も含めると増加傾向にあり、畜産業の分野では牛肉生産におけるCO2削減を試みている。 アメリカの牧場主、ウィル・ハリスが提唱する環境再生型(リジェラティブ)農業で生産されるグラスフェッドビーフ(牧草飼育牛肉)は、牛肉1kgにつき3.3kgのCO2を削減し、生産の過程において土壌に炭素を蓄え、有名シェフが絶賛するほど美味しいという。 こうした環境再生型農業の取り組みをまとめたのが、『環境再生型(リジェラティブ)農業の未来』(山と溪谷社)だ。食の安全だけでなく、地域再生や気候変動にも目を向けた本作の魅力を、世界中の土壌を求めて、その秘密を解き明かす土壌研究者、藤井一至さんが、語る。
テクノロジーか? 地道に環境を整えるのか? 農業にみるアメリカの分断
米国の大統領選のたびに、都市部と農村部で全く異なる国であるかのような分断が存在することに驚かされる。しかし、これは政治に限ったことではない。農業や環境問題に対する意識でも大きな二つの理念が対立している。現在、全米で最も広い農地を所有しているビルゲイツ氏はテクノロジーによる食料問題の解決を目指し、環境負荷が大きいとされる肉食を、フェイク・ミートあるいはインポッシブル・バーガーなどの代替肉食品で置き換えようという研究開発事業を推進している。その材料になる大豆の生産も、遺伝子組み換え作物と除草剤の組み合わせで生産するエコ・モダニズム路線である。これに対するもう一つの潮流が、環境再生型(リジェネラティブ)農業である。『土を育てる』(NHK出版)のゲイブ・ブラウンが有名だが、『環境再生型農業の未来』の著者ウィル・ハリスもその一人だ。ともに酪農家であり、現状のフードシステムに対する不信感、土壌劣化に対する問題意識が出発点となっている。 筆者は、最初から環境再生型農業を志したわけではない。地域の人々から信頼されることを美徳とするアメリカのごく普通な伝統的農家の息子だった筆者は、大学や農業系企業で農業技術の担い手としてキャリアを築き、酪農家を継いだ後も「工業的な牛飼いだった」と回顧している。家畜にホルモン剤、ワクチン、抗生物質を多用することを問題視する動物福祉が注目されるようになったのは最近のことだ。筆者は、今日の環境再生型農業で声高に主張される動物福祉、生物多様性、気候変動の緩和といった大目標ではなく、土壌など身の回りの生態系をより良くしたいという道徳心に近い動機から環境再生型農業の取り組みを始めている。ここには親近感がわく。 もともと海底の砂だったジョージア州に位置する筆者の圃場の土壌は肥沃ではなく、化学肥料、農薬ばかりに依存し、大型機械による圧密によって硬い平板のような土に変えてしまったことへの問題意識、砂漠化への危機感が環境再生型農業へと舵を切るきっかけとなった。化学薬品で土壌微生物が死ぬ、土がやせるという“工業型農業”への批判は『沈黙の春』を連想させる。映画『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』でも古生物学者エリー・サトラー博士が環境再生型農業を研究する土壌学者に転身し、バイオシン社の薬剤抵抗性を獲得したイナゴについて調査を行うシーンがある。筆者のすべての言説を支持できるわけではないが、巨大バイオ系企業への不信感はいずれの作品にも共通しており、土壌有機物の減少、土壌硬化、乾燥化はたしかにアメリカで深刻な問題となっている。支配的な巨大企業がなく、降水量が豊富で土壌劣化を実感しにくい日本の読者には実感しにくい部分かもしれない。