牛肉ができるまでに排出される温室効果ガスを削減 温暖化や砂漠化など環境破壊と向き合う環境再生型農業の現在(レビュー)
日本の農家が見習える点も
一方、現在のアメリカのフードシステムへの問題意識は他人事には思えない。本来自給率の高かったはずのアメリカの各州で農産物の分業化が進み、化石燃料依存のサプライチェーンによって食料はどこか遠くから届くようになった。利益は遠くのウォール街に吸い上げられ、地域は活力を失った。かつての生産性・生物多様性の高い土壌を取り戻すには、かつて草原をバイソンが闊歩した時代の生態系を模倣するしかない。家畜の糞によって土壌中の有機物量が回復することで、生産活動全体では二酸化炭素を吸収するように転換できたという。自然の力との協業によって再生を目指すアプローチはバイオテクノロジーのオルタナティブになりうる思想だ。 リジェネラティブには法的な定義・規制がなく、グリーンウォッシュのようなものとの区別がつきにくい問題も指摘されている。この本ではっとさせられるのは、リジェネラティブに対する社会からの高まる期待に対して、筆者はリジェネラティブをあくまで一つの農業経営として、そこに含まれる苦労やリスクを隠そうとしない姿勢だ。サプライチェーンからの独立は食肉加工包装に今まで以上のコストがかかることを意味する。それにもまして放牧型の肉を食べたいという顧客の確保も必要となる。テクノロジーの引き起こした問題を他のテクノロジーで解決しようとするエコ・モダニズム路線、現状の脆弱なフードシステムと対立するよりも、生産者と消費者が結びつく提携によってよりレジリエント(回復力のある)な農業生産が可能になる。これは有機農業の理念ともいえる。 リジェネラティブ有機農業そのものは生産性が高いとは言えず、現状のフードシステムに置き換わることを期待するのは難しい。ビルゲイツ氏はリジェネラティブの可能性は認めつつも回帰的な有機農業では増加する世界人口を扶養できる食料生産を達成できないと考え、エコ・モダニズム路線を推進している。一方で筆者のハリス氏は農家として「ガッツ(根性)」の重要性と伝統的な農業への回帰を希求する。このコントラストは一面において分断に違いないが、同時に、反発から生まれる活力のようなものも感じる。今の日本に欠けているものだ。環境再生型農業の技術論は日本で即座に真似できるものではないかもしれないが、現状を打破しようとする農家のガッツには見習うべき点が多いと感じた。 [レビュアー]藤井一至(土壌研究者) ふじい・かずみち1981年富山県生まれ。土を通して農業や生態系のしくみを研究する土壌研究者。スコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回っている。第1回日本生態学会奨励賞、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞、第7回河合隼雄学芸賞受賞。著作に『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)、『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社)ほか。 協力:山と溪谷社 山と溪谷社 Book Bang編集部 新潮社
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