日本の刑事裁判は「推定有罪」?元裁判官が教える「痴漢冤罪を免れるためのシミュレーション」
「痴漢冤罪」の対策はシミュレーションしておくべき
―― 本書のうち刑事事件を扱った章では、特に、「痴漢冤罪の予防法と対策」について、詳細かつ具体的に解説されています。数ある冤罪の中で、「痴漢冤罪」を取り上げられたのは、なぜでしょうか? 瀬木これは、やはり、誰でも、たとえば、出版界で働かれているあなたでも、「今日の帰宅時の電車の中で」その疑いをかけられる可能性のある「最も身近で危険な」冤罪類型だからです。 痴漢が悪質な犯罪なのはもちろんですが、一方、冤罪も、人権を、また制度への信頼を致命的にそこなう事柄ですから、避けなければなりません。 ―― では具体的にうかがいます。「痴漢」の疑いをかけられたら、どうすればよいのでしょうか? 瀬木そうですね。『我が身を守る法律知識』では、予防策から逮捕後の対応まで、一冊の本にできるくらいの内容を、凝縮し、時系列に沿いながら、徹底的にわかりやすく、かつ詳細にまとめているので、正確には、それを読んでいただくほかないのですが……。 一言でいうと、「可能であれば」、「穏便に」、現場から立ち去るのが一番といわれています。自分のほうが電車から降りる、被害者が降りるなら車内に残る、ということです。 ―― 穏便に立ち去ることができればいいのですが、被害者に疑われて、「この男を逮捕してください」と叫ばれると、自然にその場を立ち去ることは難しくなりますね。いっそのこと、走って逃げ去ってはどうかと思うのですが……? 瀬木それはNGです。無理矢理逃げるようなかたちはだめです。 繰り返せば、最も重要なことの一つは、疑いをかけられても、堂々と落ち着いて対応することなのです。何も言わずに走り去って逃げたりすると、かえって現行犯逮捕されることになりかねません。刑事訴訟法二一二条二項の準現行犯と認定されかねないということです。また、裁判官に、最初から有罪の心証を抱かせるおそれもあります。 ――逃げ去りができないとすると、公衆の面前を避けて、駅員室等で冷静に話し合ってはどうかと思いますが、いかがでしょうか? 瀬木これも、法律家の多数意見では、「避けられれば、避けたほうがよいこと」です。駅員室等へゆくと隔離されてしまい、すぐに警官が呼ばれるので、これまた可能であればですが、現場で弁護士を呼ぶほうがよいといわれています。難しければ、家族に電話して弁護士を頼んでもらい、弁護士から連絡を取ってもらうことですね。 ――通勤が、すごく恐ろしくなってきました……。 瀬木そうですよ。全くそのとおりなんです。 本書のどの章を読んでいただいてもわかりますが、平穏にみえる私たちの日常生活というのも、実は、知らないまま「法的地雷原」の上を歩いているような部分が大きいのです。その総体に備えるヴィジョンや知識、リテラシーは、どの分野でも必要ですが、刑事では、痴漢冤罪が一番怖いということです。 ―― 意に反して逮捕されてしまったら、どうしたらいいでしょうか? 瀬木現行犯逮捕され、あるいは勾留されてしまった場合には、何をおいても、弁護士に面会、委任することが必要です。 逮捕から勾留までの間の制度としては、「当番弁護士制度」があります。交替で当番に当たっている弁護士が、一回は無料で被疑者に面会に来てくれる制度です。 逮捕後、本人が依頼する場合には、警官、検察官等に「当番弁護士を呼んでください」と伝えれば、当番弁護士が来てくれます。被疑者の家族が頼むこともできます。 ―― 痴漢冤罪は、疑いをかけられると、無実を証明するのが難しいと感じます。最大の予防策は、痴漢と誤解されないように日頃から注意することに尽きるように感じます。何か具体的なアドバイスをお願いします。 瀬木満員電車に乗る場合には、吊革等につかまり両手をふさいでおく、女性の後方に立たない、といったことが一番ですが、一連の出来事への逐次的な対処については、法律家でも、きちんと問題と対策を整理しておかないと難しいです。法学部教授が、冤罪の可能性が高いといわれる痴漢の疑いで、退職を余儀なくされた例さえあるのですよ。 本書のどの部分もそうですが、痴漢冤罪に関する一連の記述は、特に、全体を熟読し、理解し、頭に叩き込み、かつ想像上でシミュレーションしておいたほうがいい箇所といえます。 ―― 痴漢冤罪怖いなあ! でも、冤罪の問題を離れれば、普通の人が刑事事件に巻き込まれることは、まずないですよね。 瀬木これも、実は、そうではありません。