ヒトの意識をコンピュータへ移植することはできるか?
参上! 不老不死ネィティブ世代
そんな与太話のさなか、不老不死ネィティブとも言える世代の登場にわたしは驚愕した。さきほど賛同してくれた学生のうちの一人が、宇宙の終焉を乗り越えるべく、次世代宇宙へと逃れる計画があることを雄弁に語りだした。別宇宙への抜け穴、いわゆるワームホールをつくりだして時空を跳躍する。人工のバブル宇宙に一時的に退避する。少々気の早い研究者たちが日々頭を捻っているらしい。驚いたのは、当の本人が、意識のアップロードの道に進むべきか、それとも、宇宙の終焉を克服する研究の道に進むべきか悩んでいることだ。あとのことはあとで心配すればよい、まずは意識のアップロードに専念し、宇宙の終わりについてはコンピュータのなかでじっくり考えればよい、と口説いてはみたが、効果のほどはいかばかりか。 その会には、もうひとり、不老不死ネィティブがいた。自らの不老不死を盤石のものとするべく、意識のアップロードの研究に従事するか、生体凍結保存の研究に従事するか、これまた本気で悩んでいる。後者は、意識のアップロードがわたしたちの目の黒いうちに完成しない可能性を見越しての安全策らしい。いつも教室の前の方に陣取り、真髄をつく質問をしてくる一方で、うすく広く伸ばされた私の講義内容に、いつになったら意識のアップロードの話が始まるのだと、休み時間にはきまってせっついてきた。ようやくその振る舞いに合点がいき、ネィティブ世代の空恐ろしさに身震いするとともに、心の底から頼もしくも感じた。 そんな彼らに比べれば、私はあまちゃんだ。フーテンの寅さんよろしく、神経科学のさまざまな分野を彷徨いつづけた。その果てに意識研究にたどり着き、意識のアップロードの発案に至った。研究者である私と、死にたくない私とは、長らく別人格であった。
意識を断絶なしにアップロードしたい
前置きが長くなった。本題へと話を進めよう。私の提案する意識のアップロードの中身である。世界で唯一、望まぬ死の回避 ―避死とここでは名付けよう― につながるアップロードを体現しうるものだと自負している。超文明の宇宙人にきいても、未来の人類にきいても、おそらくこの方法以外にない。冒頭の問いに対するファイナルアンサーをみなさんが導き出すためにも、そのアップロードの中身を知ることは欠かせないだろう。 ちなみに、これまで提案されてきた手法は、とてもおすすめできるような代物ではない。まずは、脳を頭蓋から取り出して薄くスライスする。そのスライスを電子顕微鏡で読み取り、脳の三次元配線構造を抽出する。最後に、それを用いて脳のデジタルコピーを構築する。 第一の問題は、三次元配線構造の読み取り精度の限界だ。はたして、個人の脳の動態を十分に再現するのに必要な精度を、遠い将来にでも達成しうるか。多くの科学者は懐疑的である。また、傷口に塩を塗るつもりはないが、百歩譲ってそれが達成できたとしても、第二の、そして、より"致命的"な問題が残る。デジタルに復元されるのは、あくまで、"故人"の脳にすぎない。 「どこでもドア」に喩えよう。ドアから入ったのび太くんを分子スキャンし、その情報をもとに出口側で生体再構成を行う。これらのプロセスが完璧であれば、出ていくのび太くんは、元ののび太くんであることを信じて疑わないだろう。ただ、入り口側の真のオリジナルは、そのときすでに殺処分の憂き目にあっているはずだ。 実のところ、まったく同じ仕掛けをもつ映画がある。わたしの大好きな監督による大好きな作品だ。ただし、ラストでようやく明らかになるSFオチの壮大なネタバレとなるため、タイトルは伏せておく。その映画に巡り会うのを気長に待つか、ネタバレ覚悟で調べるか、それはおまかせしたい。ある種の呪いをかけてしまったようで申し訳ないが、背筋の凍るラストシーンは、たとえ予見できたとしても必見だ。 それはさておき、公平を期すならば、従来の意識のアップロードがまったく無意味とまでは言わない。自身が死んだ後に、自身を語る何者かが生き続けることで、何かしらの慰みにはなるだろう。また、生身の身体であっても、睡眠中、一旦はわれわれの意識は遮断される。それゆえ、脳のデジタルコピーによる仮想世界での覚醒と、朝目覚めた瞬間の覚醒との間に決定的な差はないという、擁護側の言い分もわからないわけではない。 しかしながら、死を逃れたいと願っていた本人が、アップロードの過程において、ごく当たり前の意味において自らの死を迎えることは、覆しようのない事実だ。 なんとか意識の連続性をもって避死を担保しつつ、未来の超技術を必要としない、うまいアップロードの方法はないだろうか。まさに、その切なる願いを叶えるのが私の提案する手法だ。 あまちゃんゆえ、意識のアップロードありきで発想に至ったわけではないが、思いついてしまったのだから仕方がない。
渡辺 正峰(東京大学大学院工学系研究科准教授)