井上尚弥はなぜ“いとこ”浩樹の日本王座奪取に辛口だったのか?
プロボクシングの日本スーパーライト級タイトルマッチが6日、後楽園で行われ同級1位の井上浩樹(26、大橋)が3-0の判定で、王者の細川バレンタイン(37、角海老宝石)を破り新王者となった。井上浩樹は、WBA世界バンタム級王者の井上尚弥(25)、WBC同級世界暫定王者の拓真(23)のいとこ。最強遺伝子を継承する浩樹は、デビューから13連勝(10KO)となった。
井上兄弟のプレッシャー
「オレ本当に勝てるんだろうか」 言いようのない不安がのしかかっていた。 筋金入りのアニオタ。入場曲は、アニメ「バンドリ(BanG Dream!)」のもので、アニオタ愛用のハッピの背中には、その一つのバンド名「ぽぴぱ」の文字。初のタイトル挑戦に気分は最高のはずだったが、「プレッシャーがあった」という。 「尚弥と、拓真が当たり前のように勝って、当たり前のように世界王者になった。そして僕も日本チャンピオンになるなんて当たり前のように思われているけれど」 偉大なる井上尚弥、拓真兄弟のいとこである。その王者のDNAが重荷だった。 加えて拳を痛めていた。試合後、大橋秀行会長が明らかにしたが、パンチャーの宿命ともいえる拳へのアクシデントで、ほとんどスパーもできなかった。 それらの不安が井上を慎重にさせた。 ジリジリと王者がプレッシャーをかけながら、突っ込んでいくタイミングをうかがい、挑戦者は、14センチの身長差とサウスポーの利点を生かして距離をキープしながらカウンターを狙う展開。 「前の手!」 おじにあたる井上真吾トレーナーからの「ジャブを多用させて下さい」との伝言を受けたセコンドの佐久間史朗トレーナーが大きな声で指示を送るが、井上は、細川の突進を警戒する余りに、そのジャブが出ない。 「距離があるので、その距離をどうつめるか」をテーマにした細川が、飛び込んで右を振り回すとガードを固めていた井上の左目が赤くなった。 4ラウンドまでは緊迫感漂う一進一退の攻防である。 だが、5ラウンドに様相が変わった。 「ステップとジャブ」 「足を使ってジャブ」 「リングを広く使おう」 佐久間トレーナーの的確な指示に従い、井上が足を使い始めると、主導権は挑戦者へ。強烈な左ストレートもヒットした。 「自分が見えました。何してんだって」 細川が距離を詰めるための“入り口”に使っていたフェイントがたちまち効力を失う。 「最初はフェイントに反応していたが、途中からは距離を取られた。いろいろやってみたが、頭がいいっすね。距離を取れば、どうフェイントを使っても届かない。その意味がないことを知っている。想定はしていたが、それを越えられなかった」 ほとんどの突進が空回りした。 6、7ラウンドとミドルレンジからのワンツー、左フックが細川の顔面を捉える。左アッパーから右フックのコンビネーションブローも当たった。だが、強引にまとめることはしない。 王者にとってその慎重さこそが恐怖だった。 「手数を多くしたら、その分、隙ができる。あえて作戦としてやったんだと思うんです。もっと手を出してくれれば、そこに絡めたんだけど極力減らされた。それも想定していたけれど、1枚上手だった。パンチは思った以上に強くなかったが、速かった。腰を入れて打てばスピードが落ちるのでそうしたのでしょう」 井上は、結果的に王者にそう思わせるようなボクシングを本能的にしたのである。