無料トライアルあり! アップルの音楽生成AIがクリエーターを支援「iPadのためのLogic Pro 2」を試した
アップルが新しいM4搭載iPad Proの発売に合わせて「iPadのためのLogic Pro 2」をリリース。Appleシリコンと充実するAIパワーを活用する3つの新機能を中心に、iPad Proで試した。 【もっと写真を見る】
アーティストや音楽制作に携わるクリエイターの方々は、アップルの音楽制作アプリケーション「Logic Pro」がiPadにも対応していることをご存じでしょうか。あるいはすでにMacとiPadのLogic Proを、合わせて創作に使っている方も少なくないと思います。 アップルが新しいM4搭載iPad Proの発売に合わせて「iPadのためのLogic Pro 2」をリリースしました。Appleシリコンと、充実するAIパワーを活用する3つの新機能を中心にiPad Proで試してみました。 既存ユーザーには無料アップデート対応。入門無料トライアルもあり iPadのためのLogic Pro 2(以降、Logic Pro 2)は、アップルが月額700円、または年額7000円でApp Storeから提供するアプリです。既存ユーザーには無料のアップデートとして提供されます。初心者の方向けには1ヵ月間の無料トライアルがあります。アプリと一緒にダウンロードできるサンプル音源を使って、Logic Pro 2のAI機能が簡単に試せます。 Logic Pro 2をインストールできる環境はiPadOS 17.4以降。各AI機能を快適に使うためにはMシリーズのAppleシリコンを搭載するiPadが推奨されています。 最初に紹介する「Session Players」と「Stem Splitter」はiPad専用の機能です。3つめの「ChromaGlow」は同じ5月13日にアップデート提供を開始した「MacのためのLogic Pro 11」も搭載しています。MacでChromaGlowを使うためにはMシリーズのAppleシリコンが必要です。 AIミュージシャンが楽曲制作を支援する「Session Players」 最初に「Session Players」を紹介します。iPadのためのLogic Proにはさまざまな楽器の音源やビートパターンが収録されています。iPadとLogic Proの組み合わせは、デジタルワークステーションでありながら同時に、デジタル楽器としてもクリエイターを支援するほかに類をみないツールです。ディスプレイのマルチタッチ操作にも対応しているので、例えばiPadの画面にソフトウェアキーボードを表示して左右の手でピアノを弾くこともできます。 Session Playersは、Logic Proの「Drummer」というAIでビートを生成するバーチャルプレーヤー機能の発展型です。新たにキーボードとベースのバーチャルプレーヤーが追加されました。SessionPlayerでバックトラックを固めてからメロディを作曲したり、あらかじめ録音したボーカルトラックに、Session Playersを使ってバックバンドを肉付けしながら編曲を仕上げるといった使い方ができます。 Keyboard PlayerとBass Playerは、一流の音楽プレーヤーがLogic Proの開発のために提供した演奏を元に、トレーニングを重ねてつくられた独自の機械学習アルゴリズムを搭載しています。ユーザーは音色や演奏パターンを選び、それぞれにメインパネルのオプションから演奏の「複雑さ」や「強さ」などもカスタマイズして、思い通りの演奏にアレンジを重ねていくことができます。 筆者はデジタル音楽制作に関しては詳しくありませんが、Logic Proによって自動生成されるKeyboard PlayerとBass Playerの演奏がとても自然で「AIくささ」がないと感じます。オプションから「ヒューマナイズ」の数値を変更すると、演奏のテンポに抑揚の強弱を付けたりしながら、さらに「人間らしさ」を加えることができます。 筆者がLogic Pro 2のSession Playersで演奏した楽曲。AIっぽくない自然なキーボード、ベース、ドラムスの音源に注目しながら参考にしてください Session Playersにドラムス、キーボード、ベースが揃ったことで、ロック、ポップスにジャズをはじめ、多くのジャンルの音楽制作はiPadとLogic Proがあればバンド演奏の土台がつくれそうです。iPad Proにはスタジオ品質のマイクも内蔵されているので、ボーカルやギターの生演奏を録音、追加して、本格的なデモ音源の作成にも使えます。Session Playersで作成したバックトラックを、iPad Proのスピーカーでループ再生すれば楽器の練習にも最適でした。 ボーカルと楽器の演奏を自動分割する「Stem Splitter」 iPadのためのLogic Pro 2が新しく搭載する、もうひとつのAIベースの機能が「Stem Splitter」です。 さまざまな楽器による演奏がミックスダウンされた音源から、ボーカル、ドラム、ギター、その他の音源という4つのパートを分類して、個別のトラックに復元するという神業的な機能です。iPadのLogic Proに収録されているデモンストレーションの音源からStem Splitterの効果がよくわかります。 こちらも使い方はとても簡単。Logic Pro 2のアプリに取り込んだ音源をタップで選択して、メニューリストに表示される「Stem Splitter」を選択します。ポップアップメニューからは分割する4つのパートが選べます。 アップルはStem Splitterについて、多くのミュージシャンが本番のセッション以外の場面で残したテープから、会心のパフォーマンスを分離、復元して新しい作品の制作に活かす用途などに使ってもらいたいと説明しています。 友人のバンドが演奏したMP3形式の音源をLogic Proに取り込んでStem Splitterをかけてみました。元の楽曲構成の複雑さにもよりますが、提供してもらった3分前後の音楽ファイルが、M4搭載iPad Proなら4つのパートをフルに選択した状態で約8秒かけて分割を完了しました。 AIによる音源分離は驚きの切れ味です。ボーカルはまるで無響室で録音した音源のようで、楽器による演奏が背景に混じって聞こえるようなことが一切ありません。ベース、ドラムスの演奏も見事に分離されています。ギターとキーボードの演奏は「その他」の音源に分類され、ひとつのトラックにまとめられました。分類できる楽器の種類を増やしたり、複数のボーカリストが歌うユニットの声を選り分けて分離するところまではできませんが、おそらくアップルはもう「次の一手」として課題に取り組んでいることでしょう。 これほどまでに高い精度で音源を分離できれば、マイケル・ジャクソンの楽曲『Love Never Felt So Good』のように、アーティストの歴史的作品をデジタル技術を駆使しながら再度マスタリングしたり、個別のトラックを素材として活かすリミックス作品もつくりやすくなりそうです。 音楽配信サービスのApple Musicでカラオケが楽しめる「Apple Music Sing」も、アップル独自の機械学習処理によってボーカルとバックトラックの音源を分離する技術です。AirPods Proが搭載するノイズコントロールに含まれる「会話感知」も同様。人の声を選り分けて聴きやすくする機械学習由来の、つまりは「AI機能」に分類できます。人の声だけでなく、楽器の種類を選り分けることにAIパワーを割いて、音楽クリエイターをサポートする機能を形にしたところにStem Splitterの意義があると筆者は思います。 最後にiPadとMacの新しいLogic Proに搭載された「ChromaGlow」は、スタジオ用ミキシングコンソールのサウンドを、Appleシリコンと機械学習のパワーにより高品位にモデリングするプラグイン機能です。ミキシング作業の際、ChromaGlowを使えば音源にいっそう豊かな音色を加えることができます。 Logic ProのAIは音楽創作の可能性を広げられるか? アップルの音楽制作アプリケーションにはLogic Proのほか、アマチュアの音楽クリエイターや学校教育の現場などでも親しまれている「GarageBand」があります。このアプリケーションもMacとiPadの両方に対応しています。 いずれのアプリケーションでもアップルの開発姿勢は一貫しており、「クリエイターのためのツールメーカーに徹すること」です。Logic Pro 2の新機能もまさしく、クリエイターの創作活動に資するために開発されています。 音楽や写真、動画などを自動生成するAIがクリエイターの活躍や著作物の権利を脅かす可能性について懸念を示す声もあります。Logic Pro 2のSession Playersを実現しているAIは、アップルの試みに賛同した一流プレーヤーたちとのコラボレーションを通じてトレーニングされています。またLogic Proは音楽制作の専門家向けに開発されたアプリケーションであり、ユーザーがこれを使いこなすためにある程度技術の習熟が求められます。次世代の音楽文化の発展に向けて、AIを上手に使いこなせるリテラシーの高いクリエイターが注目するツールになると筆者は感じました。 新しいLogic Pro 2を創作活動に役立てているクリエイターの声を取材して、報告できる機会もまた見つけたいと思います。 筆者紹介――山本 敦 オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。取材対象はITからオーディオ・ビジュアルまで、スマート・エレクトロニクスに精通する。ヘッドホン、イヤホンは毎年300機を超える新製品を体験する。国内外のスタートアップによる製品、サービスの取材、インタビューなども数多く手がける。 文● 山本 敦 編集●飯島 恵里子/ASCII