研究職に就いていない「在野の研究者」だったジュールの「大発見」とはなんだったのか?
物理に挫折したあなたに――。 読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。 【写真】「トンデモ仮説」である「熱素説」を科学者が信じてしまったのはなぜ? 本記事では〈「トンデモ仮説」である「熱素説」を科学者が信じてしまったのはなぜ? 〉に引き続き、熱力学第一法則の発見についてくわしくみていきます。 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。
在野の研究者が熱力学第一法則発見に貢献
「熱力学第一法則」の確立の立て役者は、高校の教科書にも出てくるジュールだろう。イギリスに生まれたジェームズ・プレスコット・ジュール(1818~1889年)は、在野の研究者で、生涯、大学などの研究職に就くことなく、家業の醸造業を営むかたわら、熱力学の大発見につながる重要な研究を行った。熱量の単位ジュールは、彼の名前に由来する。 ジュールは最初にボルタ電池を使った電動機(モーター)の実験を行った。彼は、電動機で使用する電磁石の引力は、電流の2乗に比例することを発見した。ジュールはこれを使って蒸気機関を超える動力機関を作ろうとして失敗した。代わりに、単位時間当たりの発熱が電流の2乗に比例することに気づいた。いわゆる「ジュールの法則」だ。 ---------- 単位時間(t)あたりの発熱(Q/t)=電気抵抗(R)×電流2(I2) ---------- このとき、ジュールが実際に測ったのは(熱量を直接測れるわけはないので)電流が流れている導線を水に沈めたときに生じる水の温度上昇で、上昇温度の多寡で発生した熱の多寡を測った。ここで、『学び直し高校物理』電磁気学編で述べたオームの法則を思い出してほしい。 ---------- 電圧(V)=電流(I)×電気抵抗(R) ---------- ジュールの法則の右辺をR×IとIの掛け算だと思って、さらにR×Iの部分を、オームの法則の式を使ってVに置き換えると、 ---------- 単位時間(t)当たりの発熱(Q/t)=電流(I)×電圧(V)=電力(W) ---------- という式になる。これはまさに「電力が全部熱になる」という電熱器の原理そのものである。 しかし、当時は仕事と熱の等価性はまだ知られていなかったので、当然、ジュールはこの実験だけで熱力学第一法則に至ったわけではない。 次にジュールは、電池を使わず直接熱を発生させる実験として、コイルの中で磁石を重りの力で回転させる実験を行った。電池を実験系から排したのは電池があると「熱素が電池から供給されてそれが導線から水中に漏れ出して水の温度が上がった」と解釈されてせっかくの実験が熱素説の否定としては難癖をつけられかねないからだと思われる。 コイルの中で磁石を回転させる、というのは電磁気学編で説明した発電の原理そのものなのであり、これだったら熱素が関わる余地はなく、純粋に熱力学的な仕事から熱が発生したと主張しやすい。 この実験を通じて、ジュールは「重りがした仕事が発電し、生じた電流が電気抵抗で熱になる」という現象に着目し、「仕事が熱になる」という原理に確証を得た。 ジュールは、最初のうちは「仕事が熱になるには電流を介すことが必須だ」と思っていたようだが、後に、ジュールは水中で羽根車を回転させ、そのときの温度上昇と、羽根車を回すのに必要だった仕事(=力学的なエネルギー)を定量的に関係づけることで、熱エネルギーと力学的エネルギーを(電流を介さずに直接)関係づけることに成功した。 これらの発見を通じて熱は物質ではなく、エネルギーがその形態を変えたもの(エネルギーの一種)であるという熱力学第一法則(エネルギー保存則の拡張版)が確立したのである。 ただ、ジュールが行ったのはあくまで熱と仕事の関係づけだけである。これがより一般的に熱を含めた意味でのエネルギー保存則である熱力学第一法則であることを確立したのは、マイヤーとかヘルムホルツといったもっと理論にたけた物理学者の功績なので、ジュールが独力で第一法則を発見・確立した、と言ってしまってはやや語弊があるだろう。 こうやって見てくると、高校の物理ではまったく別物として習った力学、電磁気学、熱力学がエネルギーという横軸でしっかりつながっていることがわかる。物理学はばらばらの学問の寄せ集めじゃなく、全体が一個の体系として形作られているのである。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)