人間六度「『モラハラはモテる』がテーマの話は楽しく書けた」現代社会とSFを融合させて描く手法とは?【インタビュー】
収録作品について
――収録作からいくつかお話を聞かせてください。まず表題作『推しはまだ生きているか』はポストアポカリプス社会な舞台で「推し」に逢いに行くというタブーを犯す話でした。「推し」という最近のネタで「同担は殺し合わなきゃいけない」みたいな「推し活」の精神性も興味深くて面白かったですが、六度さん自身は実際に推し活はされているのでしょうか? 人間六度:それが実は全然推しがいない人間で、推し活をしてるわけではないんですよ。なので、この推し活については社会現象の記号として捉えている部分がありますね。僕自身は何かに心奪われてそのことしか考えられないみたいなことがあまりないので、それが自分の空虚さかなと思っているところがあるんです。だからこういう生き方ができるっていうのはとても美しいって思う反面、ちょっと大変そうだなみたいなのもありましたね。 ――『完全努力主義社会』は結果主義と努力主義にフォーカスした社会風刺的ですごい作品でした。六度さん自身はこうした現在の結果主義に対して強い関心があったのですか。 人間六度:『小説すばる』で『サステナート314』の次に書いたもので、実験社会っていうのを最初にやったのがこれです。何を実験したかったかというと、「自由意志というものは本当にあるのか」ということと、能力至上主義、実力至上主義の神話が現代では崩壊しつつあると感じていて、努力して得たと思っているものは、実はあなたのもともとのスペックと家庭環境があったからだという、つまり「努力って本当にあるのか……」というところですね。 ――努力“のみ”が評価される社会というのが面白いですね。 人間六度:結果主義がベースの現代では結果主義が何かと目の敵にされますが、結果ではなくて努力ベースで評価される世界になっても、それはそれでグロいんじゃないか、と。だから「現実世界はまだマシなのかも」みたいに思ってほしいな、というのが狙いとしてありました。 あと自分が闘病していた時に、実際リハビリしていて腕さえ上がらなくて「えっ、こんなに腕上がらないことある?」ってびっくりしたんですけど、それくらい筋肉が衰えた時期があったんですよ。階段昇降訓練では階段登るのがめっちゃきつい。一歩登るのがマジできつくて、すごく辛い思いをしていたなかで、「この世の中が努力だけで測られる世界だったら、僕はめっちゃお金もらってておかしくないレベルの努力をしているじゃん」と思ったんですよ(笑)。 リハビリってただ自分を治してるだけじゃないですか。一見すると社会にはなにもプラスになってない。でも僕たちが普段目を向けていないところで、とんでもない努力が支払われているというのを、書きたかったんです。 ――メルトという生まれながらに恵まれた優生人類と、ノアという努力の英雄の二人の主人公が登場しますが、メルトの何気ない一言がノアを傷つけてしまうのが印象的でした。メルトにとって些細な一言だけど実はそこがノアにとっては一番キツい言葉だったりする。そんな細かな感情の機微に感動しました。 人間六度:人間関係が円滑になってると思っている時って、実はこちらが相手を支配できている時というか、コントロールできてしまっている時だ、という場合があるじゃないですか。実際に手を下していなくとも、見えないパワーバランスみたいなもので相手を操作してしまっていたりする。でもそれは長くは続かない。そういう人間関係の地雷を踏んじゃったみたいなことが自分には結構あったので、そういう自分への戒めを込めてこういう話になったんじゃないかなと思います。 ――いきなり婚活の物語が出てきて驚いた『君のための淘汰』は、読んでいて六度さんの筆がノッてるなって感じがしましたが… 人間六度:事実そうなんですよ。これは一番ノッてましたね。楽しかった。 ――楽しそうに書いているのが伝わってきましたね。読んだ時に『寄生獣』をすごく思い出したんですよ。 人間六度:『寄生獣』ですね。だから僕はTwitter(現X)で告知する時に「寄生獣×婚活」って書いたんですよ(笑)。 ――他の収録作品が遠い世界の物語のなか、この作品だけ女性の婚活をテーマにした現代劇で本書の中ではユニークだと思うのですが、六度さん視点での婚活への眼差しが見て取れてとても面白かったです。 人間六度:僕自身は婚活らしい婚活はしたことはないんですけど、実際に婚活したことがある友達の意見とか、よくSNSで言われてる婚活地獄界隈みたいなのも結構事実だと思うんですよ。(婚活に対して)冷笑的な意見を持ちながらもいざ自分が市場の一部になると、もうあのノリで行くしかないっていう。なんていうか、婚活用の人格を作り出してる、みたいな。後戻りできない感があるじゃないですか。 ――『君のための淘汰』でとくに面白いと思ったのが「(性格が)モンスターが一番モテる」という。 人間六度:「モラハラ」っていうのは頭の中にずっとある言葉で、「モラハラ」ってモテてるじゃないですか(笑)。おかしいんですけど、でもモラハラがモテてるっていう話はそこかしこから聞くんですよ。結局、他人を気にせず我が道を行ってるやつがかっこいいわけですよね。けどそれって他人の気持ちを蔑ろにできている状態じゃないですか。このモラハラ的気質っていうのは誰しも持っているもので、それをどれくらい解放できているのか、解放することを許されているのか、それを許される立場にいるのか、という塩梅があるだけで。結局モテるのって、人の気持ちがわからないバケモノなのかなと。この「バケモノの方がモテる」「バケモノの方が愛される」っていうフレーズから、一気に楽しんで書いた作品ですね。
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