イッカクとシロイルカなど、温暖化で北極圏での交雑が増えるかも、するとどうなる?
交雑は種の存続にどのような結果をもたらすのか
別の種や亜種と遺伝子を交換することには、長所も短所もある。しかし、交雑による悪影響が特に懸念されるのは、絶滅の危機に瀕している種だ。 交雑種は、両方の種の優れた点を受け継いだ「スーパーアニマル」になるのではなく、不利な状況に置かれることもある。早い世代の交雑種には、優れた子孫が生まれる可能性があるが(雑種強勢)、のちの世代は適応度や繁殖力が低下する可能性が高い(異系交配弱勢)。これは亜種のレベルでも同様だ。 保護の観点から見れば、交雑種には法的な保護の枠組みが適用されにくいという懸念もある。 絶滅危惧種(Endangered)に指定されているシロナガスクジラは、厳密には北極海にいるわけではないが、北極圏に含まれる北大西洋に生息している。2024年2月17日付けで学術誌「Conservation Genetics」に掲載された論文で、北大西洋のシロナガスクジラの遺伝子の約3.5%がナガスクジラに由来することが明らかになった。 「この3.5%というのは、かなりの量です」。カナダ、ロイヤルオンタリオ博物館の名誉学芸員で、この論文の最終著者であるマーク・エングストローム氏はそう話す。「かなりの情報がナガスクジラからシロナガスクジラに流れ込んでいるということです」 懸念されることのひとつが「遺伝的圧倒」だ。これは、ある種の遺伝子が別の種の遺伝子に大量に入り込み、在来種の遺伝的独自性が失われる現象を指す。スコットランドヤマネコはそのせいで絶滅の危機に瀕している。エングストローム氏によると、現時点では、シロナガスクジラの交雑レベルが種に悪影響を及ぼすかどうかはわからないという。 危急種(Vulnerable)に指定されているパフィンへの影響も、現時点ではよくわかっていない。「これが有益なのか有害なのかというのは、パフィンにとって重要な問題です。一般論で言えば、交雑はどちらにもなりえます」。ノルウェーのオスロ大学でパフィンについて研究しているオリバー・ケルステン氏はそう話す。 交雑の謎は、遺伝子の研究によって明らかになる部分もあるが、まだ多くの疑問が残っている。北極圏で交雑が進めば、最終的にこの地域での生息にそぐわない種になるのだろうか。繁殖率が低下したり繁殖力がなくなったりすることになるのか。さらに、どのくらいの交雑種がいるのか、気候変動がどう影響する可能性があるのかといった疑問もある。 エングストローム氏は、自身のクジラ研究についてこう述べている。「どの研究も終着点ではありません。明らかになるのは、答えよりも疑問の方が多いのです」
文=Kristen Pope/訳=鈴木和博