21世紀版大陸移動説(上) 生前に研究が認められなかったウェゲナーの悲劇
地球は46億年前に誕生したといわれています。そして生命は約40億年前に生まれ、わたしたちホモ・サピエンスの種が初めて現れたのは、およそ20万年前。地球の長い歴史を1年に置き換えた場合、人類は12月31日午後11時半過ぎにようやく出現したと例えられるほど、わたしたち人間の歩みは実は、とても短いものです。 人類出現まで、地球はどのように環境を変えてきたのか―。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が、今回は大陸移動の研究について執筆します。 ----------
Who is ウェゲナー?
一研究者にとって、ウェゲナーは私のヒーローである。サイエンス史上―特に地球科学の分野において―さん然と輝くその業績。丁寧な研究姿勢から集められたデータの数々。生前時の不遇・中傷をうけたであろう時期をものともせぬその不屈の魂。局地(および極地近く)へ足を向けることもいとわない求道心と冒険心。そしてその悲劇的な最期は、後にその存在をレガシーとして昇華させた。 アルフレッド・ウェゲナー(Alfred Wegener:1880-1930)。この名前を聞いてピンとくる方はどれほどいるだろうか?(ドイツ語では「アルフレート・ヴェーゲナー」の音に近い。)「大陸移動説」というアイデアをさまざまなデータをもとに、初めてサイエンス的に検証した科学者といえば、思い当たる方もいるかもしれない。 私が初めてこの偉大なサイエンティストの名前を耳にしたのは、小学校の(国語か道徳の)教科書だった。1980年代初頭くらいの頃だろうか。私のおぼろげな記憶をたどれば、一つのエピソードが紹介されていた。 20代後半の研究者として活動を始めたばかりのころ、ウェゲナーはある日漠然と世界地図を眺めていた。すると大西洋を挟んだ南アメリカ大陸とアフリカ大陸の海岸線が瓜二つなことに気づいた。「もしかしてこの二つの大陸は太古の昔、直接つながっていたのではないだろうか」。ここから世紀の大研究がはじまった。普段われわれが目にしているものでも、注意深い観察眼と類まれな創造力があれば、大発見につながる可能性がある。コロンブスの卵のようなメッセージは、私の子供心にどういうわけか強く焼きついた。 このエピソードの真ぴょう性はとりあえず歴史家に譲っておく。なぜなら南米大陸とアフリカ大陸の地続き説は、ウェゲナーよりさかのぼること1858年、フランスの地質学者(アントニオ・スナイダー=ぺレグリーニ)によってすでに提唱されていたからだ(注:それよりもかなり古い記録もある)。しかしウェゲナーの「仮説」にもとづいて発展された「プレートテクトニック説」(大陸移動説)は、今日、地球科学史上、最も偉大な「セオリー」とその呼び名が高い。現在、ドイツにウェゲナーの名前を冠した海洋学・極地の気候などにおける研究施設さえある。