ウェブメディアの10年、転換点は? 「現実世界で事件」「記者の覚醒」PV問題、広告〝嫌われた〟変化も
数々のウェブメディアが立ち上がり、話題となり、クローズしていったこの10年。ネットの情報環境はどのように変化してきたのでしょうか。NHKで長らくデジタル発信に携わる足立義則さん、20年以上ブロガーとして活動する徳力基彦さん、朝日新聞withnews編集長の水野梓が、「ウェブメディアの激動の10年」をテーマに、イベントで語り合いました。(構成:朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎) 【動画】イベントの実際の様子はこちら(11月19日まで視聴できます)
デジタル発信するきっかけは
<足立義則(あだち よしのり)さん 1968年生まれ。1992年のNHK入局から社会部や科学文化部などでIT取材のほか事件事故、災害など幅広く取材と番組制作にあたる。2012年から報道のデジタル発信を担当し、ウェブコンテンツ制作やSNSの運用、偽誤情報対策も。現在はNHKのデジタル戦略立案にもあたる。> <徳力基彦(とくりき もとひこ)さん 1972年生まれ。NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、アジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。代表取締役社長や取締役CMOを歴任。2019年にnoteに入社し、現在はビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNS活用のサポートを行う。> withnews編集長・水野梓:今回の「ウェブメディアの激動の10年」ですが、足立さんはNHKで長らくデジタル発信に携わり、徳力さんも20年以上ブロガーとして活躍されていますよね。 NHKコンテンツ戦略局副部長・足立義則さん:私は東日本大震災の翌年、2012年からネットに発信していこうと取り組みを始めました。 その頃はまだ、システムがそんなに整っていなくて。記事を配信して、更新するのに2分ぐらいかかったんですよね。ポンッてエンター押して、じっと待ちます、みたいな。そんなのんびりした時代でも、大体1日に100本くらい配信していたんですよね。 当初は「放送された原稿をちょっと整えてネットに出していく」ような形で、それだけでは物足りないなと思ったので、ネットに最適化した記事やオネット班で独自取材した記事も配信していくことになりました。 そこからオリジナルのサイトを公開したりキャンペーンを実施したりするようになって、最高裁裁判官の国民審査の特集サイトや選挙のバリアフリーを進める「みんなの選挙」というキャンペーン、noteさんで更新していた「NHK取材ノート」では記者の取材の内幕を伝えてきました。 noteプロデューサー・徳力基彦さん:足立さんが完全にメディアのプロ側の方だとすると、私は対極の素人側の人間ですね。20年前「本当に個人でも情報発信できるんだ」と感動してブログを始めて、気がついたら20年も経っていた、そんな話なんですが。 僕は20年前ブログを始めていなかったら会社をクビになっていたんじゃないか、みたいな、本当にダメな会社員だったので。 それがブログやソーシャルメディアを通して、会社員としての仕事に情報発信を組み合わせるともっと貢献できるんだと学んで、それを伝えていくことで、人の役に立てるといいな、と思っている人間です。