世界文化賞受賞者5人の「もう一つの横顔」 それぞれに芸術の道を歩み、究める
考えすぎた演奏は面白くない。歌うように奏でなさいということだ。
小林氏は、この師匠と一緒にステージに上がったこともある。自分の演奏の間、小林氏を自身の後方に置いた椅子に座らせたという。
ピアノに向かう師匠の背中と、その向こうにいる聴衆を視界にとらえた小林氏は、「練習の積み上げを披露するだけではなく、会場の空気感やエネルギーまでも反映させるのがプロの演奏だと、無言のうちに教えられた」と振り返る。
「だから、先生のピアノは常に一期一会の演奏になっている」
好奇心旺盛。若い音楽家たちと食卓を囲めば、スマートフォンなどのテクノロジーの話から映画、料理まで話題は豊富だという。
自家製の天然酵母でパンを焼き、ポルトガルの自宅の庭にはオリーブ、イチジクの木が生い茂り、ニワトリが卵を産む。
そんな素顔を小林氏は、次のような言葉で表現する。
「困ってる人がいると、手を差し伸べないではいられない。心の底から優しくて愛にあふれた人」
愛の人の薫陶を得た、小林氏のような若い音楽家が世界中で活躍している。
■異文化通し「本質を捉える目」
映像・演劇部門 アン・リー氏
壁一面のボードに、はがき大のカードが無数に貼られていた。今年5月、米東部ニューヨーク・マンハッタンのアン・リー監督の仕事部屋。一枚一枚に構想中の映画の場面のプロット(物語の筋)が書かれていた。
「カードの筋書きを直しては並べ替え、作品の全体像を考えていくのです」。美しい映画は、作り手の感性に、知的な努力が積み重なって完成する芸術だった。
台湾出身の70歳。誠実で柔和な人柄だ。映画に魅了されたのは高校時代。勉強は「苦手でした」と笑う。台湾の芸術学校を卒業後、兵役を経て渡米。英語を「第2言語」として育ち、よりよい生活を求めたとき、銀幕に見た「豊かな米国」を自然と目指した。
米国の大学で演劇を、大学院で映画製作を学び、監督の道へ。台米合作の家族映画「推手」で長編デビュー。米英合作の恋愛映画「いつか晴れた日に」、中国の武俠映画「グリーン・デスティニー」で興行的にも成功した。