「宇宙は人類のために設計されている」説が、あながち間違いとも言えないワケ…物理学から考える「この世界の存在理由」
マルチバースと人間原理
読者のみなさんは、これまでの話をどう思われたでしょうか。「宇宙は人間が生まれるようにつくられている」と主張するかのような考え方など、科学にはほど遠いと思われたのではないでしょうか。たしかに人間原理を疑似科学や宗教的なものと見なしている人もいるようです。しかし、実はホーキングも弱い人間原理を支持しているなど、科学者の間でも人間原理への評価はさまざまに分かれているのです。 私自身はといえば、さきほども述べたように、物理学の法則だけでこの世界のことをすべて説明できれば理想的だと考えています。人間原理という概念を物理学は安易にうけいれるべきではないというのが基本的な立場です。ただ、最近の人間原理の考え方には、科学的に認められるものが生まれてきているとも考えています。 それは、マルチバースの考え方に立った人間原理です。インフレーション理論が予言するように、宇宙が子宇宙、孫宇宙…と無数に生まれているならば、それぞれの宇宙が持つ物理法則もまた無数に存在するはずです。それらの中には、人間が生存するのにちょうどよい物理法則があっても不思議ではありません。そして、私たちの宇宙がたまたま、そういう物理法則を持つ宇宙だったのだ、とする考え方です。 これにはみなさんも納得できるのではないでしょうか。この宇宙を認識する主体である私たち人間は、ほかの宇宙を認識することはできません。だから、たった一つの宇宙がたまたま人間に都合のいいよう絶妙にデザインされていることを不思議に感じますが、実はそれは、無数にある宇宙の中で私たちの宇宙がたまたま、人間が生まれるのに都合のいい宇宙だったにすぎないというわけです。そのような宇宙だからこそ生まれた人間が、この宇宙の物理法則について認識していくと、それは人間が生まれるように都合よくできていた、これは言ってみれば当たり前のことです。そして、そのような私たちの宇宙が、たとえペンローズが言ったように10の10の123乗分の1というわずかな確率でしかつくられないとしても、宇宙が無数にあるのなら、そのうちの一つが私たちの宇宙であっても何も不思議ではありません。 このように、インフレーション理論が予言するマルチバースという宇宙像を前提にすると、人間原理についても論理的な説明が可能になってくるのです。 * * * さらに「インフレーション宇宙論」シリーズの連載記事では、宇宙物理学の最前線を紹介していく。
佐藤勝彦