「宇宙は人類のために設計されている」説が、あながち間違いとも言えないワケ…物理学から考える「この世界の存在理由」
宇宙の法則が少し違ったら人類はどうなっていた?
アメリカの理論物理学者テグマークが、電磁気力や、強い力が、われわれの宇宙とは違う多様な値をとった場合を考えたグラフがあります(図「テグマークのグラフ」)。 難しい言葉もありますが、要するにこれによると、2つの力の値が変わると炭素原子が不安定になったり、水素原子が生まれなかったり、重水素が不安定であったりなど、多様な不都合が生じます。その結果、知的生命体が誕生するのに都合のいい領域はごくわずかしか残りません。四つの力のうち、二つの力だけで考えても、これほどまで制限されるのです。 テグマークはまた、空間の次元や時間の次元を変えるという考え方でも生命体存在の可能性を考えています。 時間がわれわれの世界と同じ1次元の場合は、空間が1次元や2次元だと単純すぎて多様な構造が生まれず、一方で空間が4次元にまでなると不安定になるとしています。たとえば原子核のまわりを回っている電子も、次元の大きな世界では不安定になって原子核に落ち込んでしまうようになります。これでは多様な構造を安定してつくることはできません。結局は、3次元が多様な構造をつくるのには適しているというのです。 時間の次元が多い宇宙については、4次元以上だと不安定な宇宙になるのだそうです。しかし、時間の次元が増えるというのはどういうことか私にはわかりません。それこそ腕時計が二つ必要になる世界でしょうか? 冗談はさておき、時間の次元がゼロの場合は、彼も想像不可能としています。 テグマークの主張はともかく、私たち人類はよほどの条件が整わなければこの宇宙に存在できないことは確かなのです。
人間は「選ばれし存在」か?
およそ50年前、プリンストン大学の物理学者ロバート・ディッケは、もし宇宙が現在のようにきわめて平坦でなければ、人間は存在していない、だから人間は選ばれた存在であると言いました。 もし、宇宙を創ったときに、神様がいまよりも弱い勢いで膨張させたとすると、膨張はすぐに止まってしまい、1000万年後あるいは1億年後に膨張は止まって、つぶれてしまう宇宙になります。そういう宇宙では十分に生命は進化できず、人類は生まれないことになってしまいます。 一方、神様が宇宙を膨張させる力が強すぎた場合は、膨張する速度が速すぎて、ガスが十分に固まる前に宇宙が膨張してしまいますから、ガスが固まれません。つまり、星もできません。ですから炭素も酸素もつくられず、生命も人類も生まれてきません。 このように考えると、神様はきわめて慎重に、曲率がゼロになるように宇宙を創造したということになりますが、それは非常に困難なことです。これが「平坦性問題」です。この問題を説明するためにディッケは、人類は曲率がゼロに近いきわめて平坦な宇宙にだけ住むことができる。だからこの宇宙は平坦な宇宙なのだ、と言ったのです。 この平坦性問題は、インフレーション理論によって解決したことも前にお話ししました。ごく簡単に言えば、神様の力を借りなくても、インフレーションさえ起こせば、曲率ゼロの宇宙を創ることができるからです。インフレーションによって一様で平坦な宇宙ができるため、平坦性問題は人間原理を使わなくても、物理学で説明できるようになったのです。 「人間原理」という言葉を最初に使ったのは、ブランドン・カーターです。 読者のみなさんはコペルニクスをご存じでしょう。地球は宇宙の中心にあるのではなく、太陽のまわりを回っているという地動説を考えた人です。このコペルニクスの考え方を太陽系だけに限らず、あらゆる一般的なことに敷衍したものをコペルニクスの原理と言います。人類は世界の中心にいるわけではなく、宇宙においては人類といえどもワンオブゼムの存在であるという考え方です。 カーターは、このコペルニクスの原理に対する逆の考え方として、人間原理という言葉を使ったようです。宇宙は人間を生むようにつくられていると見ることができるとして、人間を特別な存在として考えるべきであるというのです。