自分の肉体の衰えを「おもしろいと思った」――内村航平、体操キングの強靭かつ「変態的な」メンタリティー
伝説はさらにここから加速していく。世界体操選手権では、翌2009年のロンドン大会を皮切りに、2015年まで個人総合で金メダルを獲得し6連覇を達成。2012年、2016年のオリンピックでの戦績も含めると、国際大会で8連覇。国内外の大会で、2008年から2017年まで個人総合40連勝を成し遂げている。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、競技中にぎっくり腰を発症したものの、悲願の団体での金メダルも獲得した。内村はリオ大会を思い返して「幸せな五輪だった」と語る。 「リオ・オリンピックの個人総合の鉄棒の前に見た景色はよく覚えています。スポーツ選手って『ゾーンに入る』っていうじゃないですか。そのゾーンを超えて、さらに上の段階に入ったんですよ。入り込みすぎると、普通になるんだなってところまでいっちゃって。あれは初めての感覚でしたね」 だが、挑めば結果がついてくるがゆえに、結果ばかりを取りざたされる状況に「美しい体操」を追い求める内村としては忸怩たる思いもあったのではないか。 「連覇をしていくと、どうしても結果しか注目されないっていうのはわかるんです。人間はそういう生き物だから。でも、僕がやっぱり体操で何を表現したいのかっていうと、それは競技を超えて、美術館に行って絵画や彫刻を見ているかのような……あの感じを演技で出したいんですよね。その上で勝つことが本物の体操だと思っていました。結果は当たり前で、結果プラスアルファの『美しさ』を追い求めてやっていました」
リオ・オリンピック後は、怪我に悩まされることが増えた。2017年、モントリオールで行われた世界体操選手権で跳馬に出場した際に負傷、途中棄権。2019年には全日本体操個人総合選手権で予選落ち。2020年には総合ではなく鉄棒に種目を絞り、オリンピックを目指すことを決めた。同年12月の全日本体操種目別選手権では、予選で金メダル級のスコアを叩き出し、鉄棒で優勝。しかし、2021年の東京オリンピックでは演技中に落下。予選落ちに終わった。 「東京オリンピックは……『無』ですね。何もなかった。あれだけ人生を懸けて挑んだのに、予選落ちというなんとも言えない結果で終わってしまって。代表に入るまではドラマチックな展開だったんですけど、いざ本番が始まるとすごく呆気なくて。自分はなんのためにやってきたんだろうって思いました。よかったことよりも、悪かったことのほうが覚えてますね。東京の落下のシーンはずっと思い出します」