3児の母・杏さんが考える「嘘は悪いこと」と言えるのか
嘘をつくことで作り上げた自分たちだけの空間
親子としての時間が「嘘」から始まる『かくしごと』。杏さんが言うように、ニュースなどで児童虐待の報道を目にした際、「つらい思いをしていただろうあの子に何かしてあげたかった」と思う人は少なくないだろう。映画のなかで少年を救うために千紗子がついた嘘を、杏さんはどう感じたのだろう。 「『嘘も方便』という言葉がありますが、千紗子には『本当のことを言ったらこの子はこれから大変な目に遭うだろう。たとえ多くを犠牲にしても、目の前にいる少年の安全と幸せを最優先したい』という気持ちがあったのだと思います。 なかなかできないことを行動に移し、一瞬の夢のような束の間の幸せを具現化する。まさにおとぎ話ですよね。千紗子は嘘をつくことで、社会から隔絶された箱庭のような、自分たちだけの空間を作り上げたわけですから。 その行為は、現実の司法のもとでは何かをねじ曲げないと実現不可能なものになってしまいます。気持ちだけで押し進めるのは普通できないことですし、当然最後は罪に問われることになる。そうやって無理をして作り上げた楽園をおとぎ話だと感じながらも、そこには確かに救いがあったんだなと思いました。 私自身が同じ状況になったら、彼女のように行動できるかどうかはわかりません。そういう意味では、自分がやってみたかったことを映画のなかで実行できたとも言えますね。今は『関わって救いたかった、何とかしてあげたかった』という思いを一つ消化できたのかな、という気がしています」
大変だった撮影は自身のテーマソングで乗り切った
本作の撮影が行われたのは夏休みシーズンの長野県と、神奈川県の相模原。途中、花火大会があるなど、夏休みらしいひとときもあったという。 「撮影場所は、『東京から行き来できる距離でよくぞ探した』と感心するくらい緑が深い場所でした。雨が降る直前の、むせるような夏の匂いが印象に残っています。 撮影期間中は毎朝4時に起床。まず犬の散歩をして、子どもたちを送って、それから現場に行って撮影という体力勝負の日々だったので、移動中も睡眠をとるなど無理をしないよう心掛けていました。 千紗子は、感情の揺れ動きが大きなキャラクターです。つらいシーンも多く、2日に1度は泣いているような状況でした。撮影の合間にお蕎麦を食べに行ったり花火大会を楽しんだりする時間もありましたが、個人的に気持ちを切り替えるために有効だったのが、移動の車の中で聴いていた子守歌のアルバムです。 なかでも皆さんご存じの『You Are My Sunshine』という曲は、『あなたはたった1つの太陽の光だから、どうか奪わないでください』という歌詞が、まるで千紗子の心情を歌っているようで。なんとなく自身のテーマソングとして聴いていました」 ◇後編では、認知症の父を演じた奥田瑛二さんとのエピソードや、実生活では3児の母である杏さんが日頃お子さんたちに伝えていることなどをお伝えする。 杏(あん) 1986年、東京生まれ。2001年にモデルとしてデビューし、2005年からはニューヨークやパリ、東京などの主要ファッションショーで活躍。2007年に女優デビュー。その後、NHK 連続テレビ小説『ごちそうさん』(13)やドラマ『花咲舞が黙ってない』シリーズ、ドラマ『競争の番人』(22)で主演を務めるなど数々のドラマ、映画に出演。昨年は、『キングダム 運命の炎』(23)、『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』(23)、『窓ぎわのトットちゃん』(23)などの映画作品に出演している。 撮影/金井尭子 スタイリスト/中井綾子 (crêpe) ヘアメイク/犬木愛(AGEE) 取材・文/上田恵子
上田 恵子(ライター)