種子代高くても「これなしで経営考えられない」…民間品種に賭ける農家たち
「種子法(主要農作物種子法)」がこの4月で廃止されることの意味や影響を追う連載。5回目は、これまで米の品種開発をほぼ独占してきた公的機関のタネに代わり、民間開発品種のタネを使うようになった農家の現場から、その利点と課題を見ていきましょう。
若手農家がほれこむ「しきゆたか」
滋賀県の中央部に位置する近江八幡市。琵琶湖のほとりに広がる肥沃な土地で、農業法人「イカリファーム」は約270ヘクタール(作業受託含む)の田畑を耕しています。 農家の3代目でファーム代表の井狩篤士さんは、「近江商人って石橋を叩いて渡るようなイメージもありますが、僕はとにかく新しもの好きなんです」と笑います。そんな井狩さんが今、「ほれこんでいる」のが「しきゆたか」。愛知県の水稲種子開発ベンチャー「水稲生産技術研究所」が名古屋大学と共同開発。大手商社の豊田通商が出資して2015年から売り出されている米の品種です。 当初は「ハイブリッドとうごうシリーズ」の名称で開発されており、井狩さんは関係者の紹介で7年ほど前の試験栽培段階から協力してきたそうです。 「ハイブリッド」とは、異なる系統の品種をかけ合わせて、どちらか一方の優れた性質を第一世代にだけ均等に発現させるもの。遺伝子組み換え技術ではなく、F1(エフワン、一代限りの雑種の意)とも呼ばれ、国内の野菜や果実の栽培では既にほとんどこうした種類のタネが使われています。多収性や耐病性を持たせられる一方で、第二世代の作物は不ぞろいになるため、同じものをつくるために農家は毎年、新しいタネを購入しなければなりません。
種子代の高さカバーする収量と単価
「しきゆたか」は日本ではまだ数少ないハイブリッドの米で、「種子法」によってタネの生産コストが安く抑えられてきた主流のコシヒカリなどに比べると、種子価格は5倍ほども高くなります。 しかし、収量はコシヒカリの1.2倍から1.5倍。しかも味はコシヒカリに負けないほど甘く、食感はもっちり。その上、粘りや柔らかさの指標となるアミロース分が適度に低いため、冷めても良食味を保てるという特徴があります。 「まさに中食、外食にぴったりなんです」と井狩さん。実際、収穫した「しきゆたか」は米卸を通して中食、外食業界に供給。ただし、決して安売りされているわけではありません。こだわりのあるレストランや駅弁などに使われ、安定した価格で取り引きされているそうです。 収量が多く、単価も高ければ当然、利益は十分に出ます。イカリファームでは現在、生産する米の半分近くが「しきゆたか」になっており、種子代の高さを補って余りあるそうです。2年前には滋賀県の「ふるさと納税」の返礼品にも採用されました。 「もう、これなしで僕たちの経営は考えられません」と、井狩さんは自らの似顔絵がプリントされた米袋を手に笑顔を浮かべました。