「マジャル現象」は保守をもって保守を制するか:オルバーン政権のスキャンダルと保守新党台頭の行方
ハンガリー国民は2010年から現在まで続くフィデス(Fidesz)政権を、そしてオルバーン・ヴィクトル首相をどの程度支持しているのだろうか。 2022年4月に行われた総選挙で、与党は憲法改正に十分な3分の2以上の議席を確保し、オルバーン首相は 「月から見えるほどの大勝利」と表現した。反移民や反EUを訴えることでEUへの失望や不満を取り込み、そしてロシア・ウクライナ戦争の早期終結と物価上昇対策を強調することで戦争による負担増への不満を吸収する形で、フィデスへのハンガリー国民の支持の根強さを見せつけた1。 しかし、オルバーン政権は、2024年初頭に就任以来初めての大型政治スキャンダルに見舞われ、盤石かに見えた欧州議会選挙においても新政党への支持の急増という政治的な課題に直面している。こうした揺らぎは、EUの加盟国でありながら権威主義化を進めるオルバーン政権による言論の自由への締め付けの限界を浮き彫りにしている。 オルバン政権のブレーンに聞いた「なぜハンガリーは親ロシア外交を続けるのか」「オルバン・ハンガリー」と共鳴する米「親トランプ保守」
政権スキャンダル:性的虐待関係者の恩赦と大統領辞任
2024年2月初旬、ハンガリーの独立系メディア「444.hu」においてセンセーショナルなニュースが報じられた。1月に独立系メディア「HVG」が明らかにした2023年の恩赦リストの中に、2004年から2016年にかけて10人以上の少年を虐待した罪で有罪判決を受けた児童養護施設の副院長が、恩赦対象として含まれていたという。この男性は、2023年4月27日、ローマ教皇のハンガリー訪問を前に密かに恩赦を受けていた2。 この報道をうけて、恩赦を決定したノヴァーク・カタリン大統領とそれを承認する立場にあったヴァルガ・ユディット司法相(当時)に批判が殺到した。2月4日の野党モメンタム運動による「小児性愛は想像を絶する最悪の犯罪のひとつであり、被害者の人生に回復不能な損害をもたらすものだ」という批判はその一例である3。ノヴァーク大統領は、6日の記者会見において小児性犯罪を非難した一方で、今回の報道については「(野党による)政治的なキャンペーン」だと批判をかわそうとした。しかし、この会見は野党によるさらなる反発と辞任要求を招くだけの結果となった。対応を迫られた政府は、8日に大統領職の恩赦に関する権限を狭め小児性犯罪の恩赦を禁止する憲法改正案を提出すると宣言したが、批判が収まることはなかった。 それどころか、与党フィデスの中にもこの恩赦に対して異を唱える政治家が現れた。ラジオ・フリー・ヨーロッパによれば、同メディアに対して複数のフィデス関係者が匿名を条件に「党内は沈黙とショックに包まれている」と驚きをもって受け止められた状況を明かすとともに、「これは今、誰にとっても非常に不愉快なことだ」と与党としての姿勢に不満の声を漏らしたという4。 こうした政権内部からの批判はフィデスにとって想定外であったように見える。 ハンガリーでは、2010年の第二次オルバーン政権の発足以降、法改正やメディアの買収、親会社の統合などを通じて、政府によるメディアへの支配を徐々に強化した。汚職スキャンダルに対する野党からの追及などを主要メディアが報じないようにさせるとともに、政府の主張を頻繁に報じさせることも可能になった。オルバーン首相およびアンタル・ロガーン首相府官房長官を中心として作られた、特定の内容に関する言論の自由を完全に排除することはないものの静かな言論統制下にあるハンガリーの政治体制を、同国の独立系シンクタンクPolitical Capitalディレクターのクレコー・ペーテルは「情報独裁国家(informational autocracy )」と呼ぶ5。 しかし、今回の恩赦は、与党議員および与党を支持するハンガリー国民にとっても納得できる決定ではなかった。2月13日から20日にかけて行われた世論調査でフィデスは支持率を数ポイント減少させた6。児童への性的虐待は、子どもや家族の重要性を訴えてきたフィデスの主義主張と明らかに反するものであり、またノヴァーク大統領は就任前に家族政策担当大臣を務めるなど家族政策の中核的な役割を担ってきた人物であったことも大きな要因であろう。このスキャンダルはオルバーン政権が築き上げてきた情報独裁国家における一つの弱点をあぶり出した。 2024年2月10日、ノヴァーク大統領は、世界水泳選手権のためのカタール訪問を急遽切り上げて帰国し、恩赦決定は「誤っていた」として辞任を表明した。同時に、ヴァルガ前司法相も議員辞職を表明した。ハンガリーにおいて大統領や閣僚が任期途中で退任するケースは2012年のシュミット・パール大統領の博士論文剽窃を理由とした辞任に次いで、2例目である。しかし、今回は政治スキャンダルの影響は大統領のみに留まらず、フィデスにも及んでおり、オルバーン政権へのダメージは小さくない。 恩赦をめぐるスキャンダルが大々的に報道されてからわずか1週間程度での辞任発表。オルバーン政権は、速やかに関係者に責任を取らせ、対策を訴えることで幕引きを図ろうとした。しかし、その後も誰が恩赦の決定を主導したかをめぐって議論は続き、政権は引き続き”火消し”に追われる状況が続いていた。