「マジャル現象」は保守をもって保守を制するか:オルバーン政権のスキャンダルと保守新党台頭の行方
マジャル・ペーテルによる保守系野党の急成長
このような状況において政界に姿を現したのが、現在43歳で弁護士のマジャル・ペーテルである7。2月12日、マジャルは独立系YouTubeチャンネル「パルティザン」に出演。インタビューに応じ、今回の恩赦決定からその対応をめぐる一連の経緯に対して、保守派の一人としての憤りをあらわにした8。翌月の3月15日には、ブダペストで約3万人の群衆を動員し、過去数年で最大規模の反政府集会を開催、近日中に「国のために働きたいと願うすべての善意のハンガリー人が参加することを歓迎する」政党を立ち上げることを表明した9。 マジャルは、ヴァルガ前司法相の元夫であり、大叔父にマードル・フェレンツ元大統領を持つことでも知られている。2006 年に当時は野党であったフィデスが主導した反政府デモに参画して以降、第二次オルバーン政権においてハンガリー欧州連合代表部の外交官としての経験や首相府の外交チームにてEUとの調整役を担った経験を持つ。その後も、ヴァルガ前司法相が政界からの引退を表明するまではいくつかの役職を持っており、近年ではハンガリー開発銀行(MFB)や学生ローンセンター(Diákhitel Központ)の取締役を務めた。しかし、政府で活躍する同年代のシーヤールトー・ペーテル外務貿易相等とは異なりフィデスの青年組織(Fidelitas)に育てられたわけではなく、政権の内部にいたとはいえ、その中枢を担ってはいなかった。 政権の内情を把握しているものの政府とは一定の距離を保ってきたという彼の経歴は、ハンガリーの有権者から支持を獲得するには十分な条件であった。 首都ブダペストでの集会への大規模動員を成功させたマジャルは、5月にもハンガリー第二の都市で、フィデス支持者が伝統的に多い「フィデス王国」のデブレツェンでも大規模デモを実施し、約1万人もの有権者を動員することに成功した10。ハンガリーの野党への支持は都市部が中心であり地方での支持を獲得できない傾向にあるが、その傾向はマジャルには見られない。マジャルは、地方の街に与党フィデス以上に積極的に足を運び、(支援獲得に苦しんでいる他の野党とは異なり)実際に多くの有権者を動員している。ある地方の町では「何百人もの人々が拍手を送」り、別の都市では群衆が団結して「空に向かって手を伸ばしていた」という11。 こうして起きた「マジャル現象」は、2年前の2022年、野党統一候補の勝利がかなわず失望していた有権者に加えて、近年深刻な課題となっているインフレ対応をめぐって不満を募らせていた有権者の支持も獲得したことで起きているように映る。 これに対して、オルバーン政権は得意のメディア戦略で対抗しようとした。その手段のひとつが2020年に設立されたSNSインフルエンサー支援センター「メガフォン(Megafon)」である。この組織は公式には政府からの資金提供を否定しているものの、独立系メディアTelexなどが間接的な資金提供の実態を明らかにしており、政府寄りの機関とされている12。マジャルを非難するため、ハンガリー政府はメガフォンを通じてFacebook広告費に約1300万円を提供した13。また、オルバーン政権は欧州議会選向けの街頭ポスターのターゲットにもした。オルバーン首相が対決姿勢を強める欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエンに向けたネガティブキャンペーンには、委員長の「謙虚な召使い」の一人としてマジャルが名指されている14。 しかし、オルバーン政権によるマジャル批判は説得力に欠けている。マジャルを他の野党と同様に「左翼」と批判しても15、本人は保守を自任していることからその効果は薄く、それ以上の政策面での批判はフィデスの政策の自己批判となる。SNSでは、政府系メディアやインフルエンサーが中心となってヴァルガ前司法相に対するDV疑惑をはじめとするマジャルの疑惑を積極的に報じているが、こうしたマジャルの過去の言動への追及も、過去のフィデスによる政治任用の正当性を否定することになり、フィデス自身へのブーメランとなりかねない。 実際、3月に行われたMediánによる世論調査では、恩赦をめぐるスキャンダルの責任をオルバーン首相に求めた有権者の割合は約3分の2にのぼり、その余波はおさまっていない16。また、4月に行われた別の団体による世論調査では、マジャル・ペーテルの新政党「ティサ(TISZA:『尊重と自由』の頭文字であり、ハンガリー最大のドナウ川支流の名前でもある)」は投票する可能性のある有権者のうち23%の支持を獲得し(フィデスは49%)、野党第1党であった民主連合の8%を大きく上回った17。ティサ党はフィデスに対抗して、賃上げや福祉の拡充、不正の禁止、公共メディアの独立性の回復などを訴えている18。政権を揺るがすとまでは現時点では言えないが、マジャル・ペーテルの新政党が政権にとって厄介な存在となりつつあることは確かであろう。 欧州議会選における与党のネガティブキャンペーンで使われているポスター(マジャルは右端)。セーケシュフェヘールバールにて筆者撮影。