94歳の巨匠フレデリック・ワイズマン、ドキュメンタリー『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』で描いた「本当の美食」とは?
――撮影のあり方としては、あなたのこれまでの流儀と変わりはありませんでしたか。企業秘密があったり、撮影を断られたりすることは?
彼らは私に好きなものを撮る許可を与えてくれました。もちろん、もしノーと言われたらそれを受け入れるしかないわけですが、まったくコントロールはなかった。私は映画を撮る時、誰のコントロールも受けません。仕上げに関しても、作品をコントロールするのは良くも悪くも私だけなのです。 もちろん、彼らの動きに合わせる制約はありました。たとえば火曜の午前中は厨房で過ごすとか、金曜はレオ(ミッシェルの次男)のレストランに行くとか。でもそんな程度です。 ドキュメンタリー制作のモデルはわたしにとって「ラスベガス」なのです。つまり、サイコロを振ってみないと何が出るかわからない。でもサイコロを振るためにはその場にいないとできない。だからいつなんどきでも何かを捉えられるように、撮影の準備をしておかなければならない。冒頭を逃したら、何が起こっているのかわからない、ということになりかねない。
――つまり、ドキュメンタリーの脚本を書くなどということは、あなたにとってナンセンスなことなのですね。
そうです。作る前に映画がどうなるかなんてわからないし、ハプニングこそおもしろいのですから。
「監督が知りたがっていることは、ゲストたちも知りたがっている」
――インタビューやナレーションを一切用いない、というあなたの手法は本作でも徹底しています。トロワグロは代々続いているファミリー・ビジネスという点が他の3ツ星レストランとも大きく異なりますが、その素晴らしさは本作のなかでことさら強調されているわけではない、自然に浮かびがってくるものですね。時には顧客との会話によって。 トロワグロファミリーについては、おおよそは知っていましたが、それをテーマにしようと初めから考えていたわけではない。だから顧客が質問してくれたことは、私にとって金の鉱脈だったわけです。なぜなら私自身は質問をしないから。人々は好奇心が強い。私が知りたがっているのと同様、人々も知りたがるわけです。
――トロワグロファミリーはあらゆることにおいて、「卓越すること」にこだわっている点でまさに芸術的行為と言えますが、あなた自身はどんなところが印象的でしたか。本作の体験によって食に対する考えは変わりましたか?
おっしゃる通り、彼らはすべてに対してこだわりがある。私自身は本作の前には、有機食品にそれほどこだわりがあったわけではありませんし、バイオダイバーシティ(生物の多様性)についてもよく知らなかった。でも彼らのこだわり、そして彼らを取り巻く畜産農家やチーズ職人のこだわりなどは、わたしの頭に新たなディメンションを与えてくれました。高級レストランであるというだけでなく、環境にも気を配っているのは素晴らしいことです。 料理はアートフォームだというのはわかっていましたが、バレエのようだと思いました。それは、常に変わるという点で。美しい皿も5分後には変化する。アートは調理にあるだけではなくプレゼンテーションにもあるので、見た目もとても大切になってくる。そういったすべての細かい仕事が、わたしたちに供されるひと皿のなかに凝縮しているわけです。 私の食に対する考えですか? こんなレストランでいつも食事ができるほど稼ぎがあればいいなと思いました(笑)。