試練の24年を過ごした日本ハム・野村佑希が奮い立った同期・万波中正の言葉【2025復活にかける男】
日本ハムに復活にかける男がいる。野村佑希内野手(24)。昨年11月のファンフェスで、新庄監督から来季の「開幕4番」にサプライズ指名された右のスラッガーだ。24年は開幕スタメンをつかみながら出場56試合で2本塁打。1シーズンで3度の2軍降格という現実が、もがき苦しんだ一年を物語っていた。 その中で受けた突然の4番公表。「翌日は何も、手につかなかったです」。指揮官からその後の説明はゼロ。真意を知りたい。初めて監督に、自分からダイレクトメッセージを送ろうか悩んだが、スマホを置いて踏みとどまった。必ず意図がある。無言のゲキだと察した。「中途半端はない。0か100か、そういうシーズンになると思う」と腹をくくった。 昨年、新庄ハムの躍進を支えた2000年度生まれのミレニアム世代。万波を筆頭に、交流戦MVPの水谷、田宮、水野らが次々ブレイクした。その世代の中でプロで最も早く花開いたのが野村だった。 花咲徳栄2年夏に4番で全国制覇。プロ入り後も高卒2年目で開幕スタメンに抜てきされ、3年目は出場99試合で99安打、7HRと主力の道を駆け上がった。新球場エスコンの開業初年度に開幕4番を託されたのも背番号5。潜在能力の高さは、誰もが認めるところだ。 先月、野村の心を奮い立たせる出来事があった。万波の契約更改会見でのコメントだ。「(監督の4番公表に)僕は素直にうれしかった。同期入団で、常にJ(野村)が僕よりかなり前を走ってくれて。負けたくない。追いつけ、追い越せで頑張ってきた。4番を打ちたい思いは、誰よりもJが強いと思う。僕は『4番っぽさ』ってめちゃくちゃあると思っていて、この人が4番だという4番らしさ。Jは3番でも5番でも6番でも、しっくりこない。『4番・野村』。いいじゃないですか」 野村と万波。ルーキーイヤーから2軍の鎌ケ谷で倒れ込むまでバットを振り続けていた二人だ。「お互いフラッフラで。マンチュウはもう最後のほう、バットを持っているだけの状態だった」。相手が終わるまで、自分は練習を終わらない。屋内練習場で打球音だけが鳴り響く二人だけの時間があった。今回、人づてに同期の熱いコメントを知った野村は、うれしそうに笑い「あとは結果で見返すだけ」とバットを握り直した。 進化を求めて、今オフは初めて動作解析を実施。「これまでは少し感覚頼りで、数字より自分の感覚を大事にしていた部分があった」と挑戦に踏み切った。いま明言されているのは「開幕」の4番。「シーズン通して、どっしりと4番のポジションに座りたい。開幕を迎える時に不安がないように、気の済むまで悔いなくやりたい」。実績で勝ち取った4番ではないと、自分が一番理解している。「多くの期待を感じますし、逆に(周囲の)選手間では思うことも絶対にあると思う。全員に認められてこその4番。信頼を勝ち取る年にしたい」。生まれ変わった姿で3月28日、開幕の時を迎える。(堀内 啓太) ◆野村 佑希(のむら・ゆうき)2000年6月26日、米ミシガン州生まれ。24歳。父親の仕事の関係で米国で生まれ「ジェームス」のミドルネームを持つ。群馬県で育ち、埼玉・花咲徳栄高では1年秋から4番。2年夏に全国制覇。18年ドラフト2位で日本ハム入団。187センチ、97キロ。右投右打。推定年俸4300万円。
報知新聞社