「ヒトのことば」と「動物のことば」はどう違うのか?【今井むつみ×鈴木俊貴対談】
■天才チンパンジー・クロエ 今井 『言語の本質』にも書きましたが、私も7頭のチンパンジーと一緒に、彼らに対称性推論の能力があるか実験をしました。念のため補足すると、当時すでに「動物には対称性推論ができないだろう」ということを示す先行研究はたくさんあったので、私たちの研究はダメ押しのような感じでしたね。結果はやっぱり、できませんでした。 でも一頭だけ例外がいたんです。それが「クロエ」という名のチンパンジーです。彼女は過去の研究でもかなり特異な推論の能力を見せていたんですが、そのクロエだけが対称性推論ができたんですね。だからひょっとすると、チンパンジーにもごくわずかに対称性推論やアブダクション推論ができる個体がいるのかもしれません。 私たちの先祖もチンパンジーのようだったのかもしれませんね。その後、進化の過程で人間にだけアブダクション推論の能力が広まり、言語を手に入れたのかもしれません。 ただ、最近鈴木さんの論文を読んで、ひょっとしたらシジュウカラにも対称性推論のような能力があるのかもしれないと思いました。ほら、あのシジュウカラが枝をヘビと見間違える......。 鈴木 ああ、あの実験ですね。シジュウカラは天敵のヘビを見つけると「ジャージャー」(ヘビだぞ!)と鳴くんですが、その鳴き声を録音しておいて、後で森のシジュウカラに聞かせるんです。 ポイントは、その時にヘビくらいのサイズの木の枝にひもをつけて、木の幹に沿って引き上げること。普通、シジュウカラは木の枝とヘビを見間違えたりはしませんが、「ジャージャー」を聞かせながら枝を引き上げるとヘビと見間違えて確認しに行ってしまうんですよ。シジュウカラが声から視覚的なイメージを連想することを確かめた実験でした。 今井 あの論文を読んで、もしかするとシジュウカラは「ヘビ→ジャージャー」という関係から「ジャージャー→ヘビ」という結論を引き出す対称性推論をしているんじゃないかと思ったんです。 鈴木 僕もそう思います。 今井 でも、やはりアブダクション推論がほぼ人間固有であることは変わらないかな。論理的に正しくない結論を出してしまうアブダクション推論は、自然界で生きる上ではリスクですから、動物にとっては基本的に淘汰されやすい能力だと思う。 しかし、例外的に地球上のとても広い地域に生息する人間は、直面する脅威の種類が他の動物よりも極端に多様だったんじゃないか。そういう特殊な条件の下で、リスクはあるけれど飛躍的な結論にたどり着けるアブダクション推論が人間だけに進化したのではないかと思います。 鈴木 そうですね、ただ......いや、長くなりそうなので、続きはこの後の打ち上げでやりましょう!(笑) ★『動物たちは何をしゃべっているのか?』の中身を週プレNEWSにて一部公開中! ●今井むつみ(いまい・むつみ)慶応義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。近著に『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(共著、中公新書)、『 「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)などがある 公式HP ●鈴木俊貴(すずき・としたか)1983年生まれ、東京都出身。動物言語学者。東京大学先端科学技術研究センター准教授。シジュウカラ科の鳥類研究を専門とし、特に鳴き声の意味や文法構造の解明を目指している 公式Twitter【@toshitaka_szk】 ■『動物たちは何をしゃべっているのか?』好評発売中!動物たちの知性を示す驚きの最新知見を、森で暮らした動物研究者ふたりが縦横無尽に語り合う対談本。発売前に予約が殺到した話題作! 1870円(税込) 取材・文/佐藤 喬 撮影/榊 智朗 写真/iStock