山奥で出会った不思議な物売りが、とつぜん自らの腕を斬りつけ…江戸時代から続く「禁断のセールストーク」が凄まじかった
セールストークの基本テクニック
このようにガマの油売りの口上は極めて疑わしいのだが、実際に私はガマの油を買ってしまいそうになったので、あまり馬鹿にもできない。この口上には、現代のテレビショッピングや怪しいネット広告にもつながる、セールストークの基本テクニックが詰め込まれているからだ。 (1)まず、「このガマはただのガマではなく、筑波山で捕まえた四六のガマだ」と強調していること。《筑波山》というブランド価値と《四六のガマ》という稀少価値を喧伝しているのだ。シャ〇ルのバッグだとか松〇牛の霜降り肉だと言い立てるのと同じく、人間がブランドや権威、「限定」という言葉に弱い心理を突いている。 (2)「二百文のところを、今日だけは百文にしておく」と言っていること。これもテレビショッピングなどによくある「お値段は六万円のところを、今日だけなんと二万九千八百円、さらにお洒落な脱穀機もおつけします!」などと頼んでもないのに値引きしてくれるのと同じだ。本当に二百文で売っていたことがあるのか、その日にいきなり現れた油売りだから、誰も知るよしはない。 (3)リズミカルに長い口上をしゃべり倒すこと。人間の理性は単調なリズムに極めて弱い。油売りのしゃべくりを長時間聞かされていると、だんだん自制心が麻痺してきて、財布のひもを緩めてしまう。インターネットの広告で、ものすごい早口で喋りつづけるものがあるだろう。あれは単に短い時間に多くの言葉を詰め込みたいだけではなく、言葉の弾幕を作って視聴者の理性を失わせる意図があるのかもしれない。 もっとも、ガマ(ヒキガエル)から薬が取れるのは本当だ。シナヒキガエルなどの毒腺から分泌した液には強心作用や鎮痛作用があり、この液を固めたものは古来から蟾酥(せんそ)と呼ばれ、稀少な生薬として珍重されてきた。現代でも「救心」「六神丸」といった薬品に配合されている。 ただし、蟾酥は非常に高価な薬なので、路上で流していた香具師のガマの油に、本当に蟾酥が使われていたのか疑わしい。だいたい、筑波山に棲息しているのはアズマヒキガエルであって、蟾酥を作るには適していないのだ。かつてのガマの油の正体は、ガマとムカデをごま油に入れて煮込んだものだとか、洗濯石鹸にワセリンを入れたものだとかとも言われている。