山奥で出会った不思議な物売りが、とつぜん自らの腕を斬りつけ…江戸時代から続く「禁断のセールストーク」が凄まじかった
自分の腕を斬りつけはじめ…
しかし油売りは「これほど効くガマの油だけれども、残念ながら効かねえものが四つほどあるよ。先ずは恋の病と浮気の虫。あと二つは禿と白髪にゃ効かねえよ」と、ガマの油の限界も正直に明かす。何という誠実な商売人だろう! さらに油売りは、やおら日本刀を取り出したかと思うと、みごとな剣さばきで紙を斬り刻んだ後、何を思ったのか、いきなり自分の腕も斬りつけはじめた。 おお、鮮血がほとばしった! まるで絵の具のように真っ赤で、毒々しい血潮だ。観客からは悲鳴と、なぜかところどころから笑い声が聞こえる。 「だが、血が出ても心配はいらん。このガマの油、そっと塗って、拭き取る時には、ピタリと止まる血止めの薬とござりまする。このガマの油、本来はこれ一つが二百文というところではあるけれども、今日ははるばる出張っての御披露目だ。筑波山のてっぺんから飛び下りたと思って、半額の百文ではどうだ。二百文が百文だよ。さあ、よかったら買ってきな、わかったら買ってきな!」 私はここで思わず百文出してガマの油を買ってしまいそうになったが、それは許されないことなので思いとどまった。この理由については、後ほど述べる。
もとは香具師・的屋だった
この魅惑的かつ怪しすぎるガマの油売りは、もとは香具師(やし)・的屋(てきや)であった。香具師は薬師(やくし)が縮まったものとの説がある。彼らは、道端で客寄せに見世物をして薬を売りつけるのが生業だった。 江戸には長井兵助という居合抜き(気合とともに刀を抜く芸)が得意な香具師がいたのだが、この人がガマの油売りを始めたとも言われている。もっとも、この長井兵助が売っていたのは「歯磨き粉」だったので、何かちがう。だが、香具師の世界ではよくあることだろうから、深くは追及しない。 ガマの油売りをしていたのは、浪人崩れが多かったという。刀さばきを見せつける理由は、これだろう。
いろいろとおかしなところが…
さて、私が感動してガマの油を買ってしまいそうになった油売りの口上なのだが、後になって冷静に考えてみると、いろいろおかしなところが見受けられた。 油売りは「このガマはただのガマではなく、前足の指が四本、後ろ足の指が六本の『四六のガマ』だ」と喚いていたが、実はガマはすべて四六なのだ。正確に言えば、ガマには前足後足とも五本の指があるのだが、前足の指の一本が発育不良なので四本に見え、後足には突起物があるので六本に見えるというだけなのだ。 また、「ガマは山で大葉子を食べている」と主張していたが、ガマが食するのは昆虫やミミズであって、大葉子などという植物は食べない。 さらに、「ガマを鏡張りの部屋に追いやったら、自分の醜さに驚いて脂汗を流す」などと吹聴していたが、実際に科学者が実験してみたら、ガマはいっこうに脂汗など流さなかったという(当たり前か)。