「いつも『死ぬんじゃないか』と思うくらい落としていた」限界迎えていたレスリング・樋口黎の体、手にした糸口
「次の試合のことしか僕は気にしない」
過去は振り返らない。リオで獲った銀メダルは自宅のどこかにしまってあることはわかっているが、そのどこかがわからない。 「そもそも、過去に獲ったメダルを眺めることもないので。次の試合のことしか僕は気にしない」 リオから8年、樋口にとってパリは紆余曲折を経て迎える2度目のオリンピックとなる。「『どうやって挫折から立ち直ったんですか?』とよく訊かれるけど、人が思うほど落ち込んだりはしていない。言ってしまえば、レスリングは自分が好きでやっていることなので。感覚としてはゲーマーがやっているゲームと変わらない。好きなことを好きなだけやっているという感じです」 過去には全日本を争った中村倫也(現UFCファイター)、前述した乙黒、高橋らが樋口とライバルといわれていた。 だったら、現在のライバルは? 「そうですね。一番のライバルは文田健一郎だと思っています」 意外な答えだった。フリーとグレコとスタイルは異なるが、実は日本体育大学の同期で、中高時代は全国大会で顔を合わせていた仲だという。 「全日本中学生選手権のときには僕の階級で文田が優勝した。インターハイのときには僕がたまたま勝ちましたけど、フリーとグレコではルールが全然違いますからね。いまでもグラウンドで自分のローリングを受けてもらったりしています。昨日はローリングでは僕が2回返して勝ちました。これは書いておいてください(笑)。パリで2人とも金メダルであればベストだけど、彼よりいい試合内容で圧倒して勝ちたい」 リオでの銀メダルは、その後の人生を大きく変えなかった。樋口にとってはメダルよりルール変更のほうが重要だった。しかし、永久のライバルと切磋琢磨しながら金メダルを欲し続けた高いモチベーションは,樋口をさらに成長させたといえるのではないか。 どんな失敗や挫折にも意味がある。 <了>
文=布施鋼治